科学研究費補助金 基盤研究(C)
平成26-28年度「アメリカ連邦上院の政治過程における機能の変容と熟議民主主義の展望」
課題番号 26380197

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研究概要

 

民主主義の質を考える上で、意思決定における熟議の重要性が論じられている。アメリカ政治においては、連邦上院が歴史的にも最も熟議を期待される機関であるが、その意思決定過程が近年熟議から遠ざかる傾向を示している。熟議に基づく意思決定を難しくする要因として、議会が有権者から瞬時に対応を求められる傾向と、アメリカ社会の多様化に向けての大きな趨勢が挙げられる。本研究では後者を背景とする複雑な利害関係の中で、前者の変容が与える影響について分析を加える。民主主義の質の充実とは何を意味するのかという主題を追求する本研究は、アメリカ政治を事例としながらも、日本を含め、今日の民主国家が共有する問題に取り組んだものである。
 今日、民主主義が好ましい政治形態であることに異論を唱えることは難しく、日本を含め、多くの国で手続き的には民主政治が実施されている。しかし、手続き的な民主政治は必ずしも社会の構成員にとって納得いく合意形成を導き出しているわけではない。民主主義の質は、新たに民主政治を開始した国に限らず、長らく民主政治を行ってきたと思われる国においても問われている。多様な利害が複雑に入り組む社会において、十分な議論を経ずに結論が押し進められることは、亀裂を生む原因ともなり、政治的共同体としての機能を低下させる場合もある。

今日の民主体制を先導すると自負するアメリカにおいても、立法結果のみならず、その合意形成の過程が、政策の成否に対して持つ重要性が注目される。近年では熟議型の民主主義を視野に入れ、狭い政治過程を超えて市民社会の社会関係資本が建設的に関わることの重要性が論じられる。民主主義の実質化が議論される背景には、アメリカ政治の党派的な分断が進み、政策の中身の議論に立脚した合意形成が難しくなっている実情がある。

連邦議会において、人数が多く、指導層の権限が強い下院は、人々の声を代表しているという立場からも、数の論理で意思決定がなされてきた。他方、人数が少なく、個々の議員の対等性が前提とされる上院は、歴史的に熟議が最も実施されてきた機関であると考えられてきた。ところが、熟議のために担保されていた少数派の権利が党派的な意図で濫用されたり、逆にフィリバスターを未然に差し止める過半数採決ルールという、下院に似た数の論理による意思決定が頻発するようになっている。

本研究は、上院の意思決定の変容をめぐる先行研究の知見を踏まえ、その射程を議会の外側で生じている政治的な変化、特に有権者の政治意識と政治参加の形態の変化を視野に入れ、それを媒介する市民社会のアクターの動向を含めて立体的に上院の熟議機能の変容を考察しようとした。手続き的民主主義のさらなる進展により、個々人のレベルで高まった権利意識を政治過程に転化することは容易になった一方、多様な利害を内包する政治的共同体としての集合的な合意形成が意識されるようになっていないことに加え、アメリカ社会に存在した分断線をさらに先鋭化しようとするアクターも出現した。下院を事例とした過去の研究において、集合的思考の欠落が議員の行動を制約するだけではなく、逆に議員こそが有権者とのコミュニケーションの中で集合的な合意形成という意識を育成すべきであると指摘してきたが、こうした下院の事例が上院で有権者との熟議を通した合意形成への志向を高めることが重要であることの検証を試みた。


研究組織

代表者
  大津留(北川)智恵子(関大大学法学部教授)


補助内定金額(直接経費)

平成26年度   70 万円
平成27年度   70 万円
平成28年度    60 万円

合 計       200 万円