平成不況が深刻化する中で、いま再び所得税減税が実施されることとなった。マスコミの論調をみると、相変わらず景気対策として減税を主張するむきが圧倒的である。かれらには学習効果が存在しないのであろうか。平成6年から平成9年にかけて実施された村山税制改革では、平成6年度に所得税の特別減税として3.8兆円、平成7年度には所得税の税率表改正と伴う制度減税2.4兆円、特別減税が1.4兆円、平成8年度には1.8兆円の特別減税が実施された。これらの大減税は、日本経済の再生に役立ったといえるのだろうか。確かに、平成6年から平成8年にかけての減税先行により、経済成長率は幾分持ち直したが、それも平成9年4月から実施された消費税の税率引き上げにより完全に相殺されてしまった。
最近のお医者さんは、風邪で熱があるかといって、むやみに解熱剤をつかわなくなってきている。風邪をひいたときの発熱は、進入してきたウイルスと戦うためであり、解熱剤を使うことは必ずしも根本的な治療につながらないからである。ここ数年間におこなわれてきたマクロ経済政策は、風邪をひいた病人に解熱剤だけを投与するような対処療法にすぎなかったのではないだろうか。風邪には特効薬がないという。だから、日頃から規則正しい生活をこころがけ、基礎体力を養い、それでも風邪にかかったときには、安静にしておくことが一番である。バブルのときに浮かれて暴飲暴食を繰り返してきた日本経済には、減税という特効薬に期待するのでなく、経済活力を引き出すような中立的な税制の確立が必要である。法人税の税率の引き下げと各種引当金の見直し、所得税のフラット化と課税ベースの拡大など課題は山積している。これらの税制改革は、減税ではなく、「税収中立」のもとで実施すべきである。
マスコミと一部のエコノミストの間では、景気対策としての恒久減税を要求する声が多い。しかし、いまの財政状況は恒久減税を可能にするような状態ではない。昨今の減税により国債発行残高は約278兆円(平成10年6月末)にも達している。このような財政状況のなかでなお、恒久減税を叫ぶ人たちのなかには、国債発行がもたらす副作用を承知した確信犯も混じっている。というのは、国債の大量発行は、インフレを生じる可能性が高いからである。いわゆる「調整インフレ」により不良債権を一掃しようという考え方である。しかし、「調整インフレ」は、制御がきかなければ「劇薬」となる。まるで、風邪の患者に元気が出るからといって覚醒剤を注射するようなものである。
確かに、「山一」や「拓銀」ショックにより、日本経済は風邪をこじらせて肺炎を併発した段階かもしれない。当面の危機的状況を避けるのであれば、将来の日本経済の活性化につながる分野に絞った情報化促進などの公共投資の方が好ましい。一部が貯蓄にまわってしまう所得税減税よりも、公共投資の方が乗数効果が大きいことはいまさら指摘するまでもなかろう。従来型の公共投資が土木業に依存した旧来の日本経済の構造を温存するからといって、公共投資のすべてを否定するのはおかしい。いまの日本経済はバブル経済崩壊後の後始末を先送りしてきたツケを支払わされているのであり、いまこそ将来の日本経済のビジョンを示したうえで、冷静かつ迅速な経済運営が求められよう。