やさしい経済学:日本経済の課題:税制改革を考える                   橋本恭之

やさしい経済学1:バラマキ的な減税

平成不況が深刻化する中で、平成11年度から4兆円規模の所得税・住民税の減税と2兆円超の法人課税の減税が決まった。しかし、経済の活性化につながるのは、減税規模の量的な水準ではなく、その中身である。平成6年から平成9年にかけて実施された村山税制改革を思い出して欲しい。平成6年度には、所得税の特別減税として3.8兆円、平成7年度には税率表改正を伴う制度減税が2.4兆円、特別減税が1.4兆円、平成8年度には1.8兆円の特別減税が実施された。確かに、平成6年から平成8年にかけての減税先行により、経済成長率は幾分持ち直したが、それも平成9年4月から実施された消費税の税率引き上げにより完全に相殺されてしまった。この間に実施された減税政策により財政は悪化し、減税というカードを切る余裕はなくなりつつある。

いたずらに減税規模を拡大するバラマキ的な減税は、長期的にみた日本経済の活性化にはつながらない。近年実施されてきた特別減税が悪い見本である。平成9年、平成10年度に実施された2.8兆円の特別減税は、景気回復に寄与したとはとても言えない。景気対策としての所得税の減税は、可処分所得を増加することで消費拡大に役立つ。しかし、その減税の一部が貯蓄に回ることで、その効果は公共投資に比べて小さくなることはマクロ経済学の常識である。従来型の公共投資にムダが多いという理屈も理解できるが、純粋に景気対策として考えれば、情報化などへの重点的な公共投資といった選択もあったはずである。また、減税による多少の消費拡大効果が認められるとしても、それはカンフル剤としての役割であり、経済構造の革新にはつながらない。相次ぐ減税により、所得税の税収はすでにほぼ10年前の水準まで落ち込んでいる。所得税税収がゼロになるまでカンフル剤を打ち続けるのだろうか。特別減税が定率減税や定額減税の形でおこなわれたことで、所得税制は複雑化するとともに、年収500万円程度の中堅所得層まで非課税世帯となり、減税のバラマキの恩恵を受けない人には「商品券」を配ろうという発想まで生むことになった。

 いま日本経済に求められるのは、長期的な視野にたった「税収中立型」の税制改革である。経済再生をめざしたアメリカのレーガン税制改革も税収中立型でおこなわれた。レーガン税制改革の基本的な理念は、「公平」「中立」「簡素」であり、課税ベースの拡大と税率のフラット化が税収中立のもとで実施された。このシリーズでは、日本経済の再生に寄与するような税制改革のあるべき姿を探ることにしよう。


やさしい経済学2:村山税制改革の総括

1994年から1997年にかけて実施された村山税制改革は、景気対策を意識したものであった。この改革のどこに問題があったかを探ることは、今後の税制のあるべき姿を語る上で重要な意味を持つ。

 前回指摘したように、村山税制改革において採用された所得税・住民税の先行減税と1997年4月からの消費税率の引き上げは、減税先行期間でのわずかながらの景気の回復と消費税率引き上げによる景気の抑制をもたらした。問題は、所得税・住民税の減税の仕方にあった。所得税・住民税の減税の効果は、2つの側面を持つ。ひとつは、可処分所得の増加による消費増大という需要面の効果であり、いまひとつは、税率表の緩和による労働意欲の促進という供給面の効果である。しかし、村山税制改革では、供給面の効果が発揮されなかったために、先行減税による需要面の効果が消費税率の引き上げに伴う実質所得減少が消費を抑制するという需要面の効果で完全に相殺されてしまった。

 村山税制改革において供給面での成果が得られなかった原因を税制改革前後での『家計調査年報』における所得十分位別の「実効限界税率」の変化を示した表で説明しよう。所得分位とは、所得を低い方から均等の分布になるように並べ替えたものである。「実効限界税率」は、サラリーマンについては収入の上昇につれて経費率が下がっていくという給与所得控除の存在が実効的な税負担の増加につながることをも考慮して筆者が推計した概念である。一般になじみがある税負担率ではなく限界税率を用いるのは、人々が負担を実感するのが追加的な1万円収入の増加に伴う追加的な税負担増であるからである。表では第1から4分位までと第8分位は実効限界税率が改革前後で同一である。第9分位を除いて各所得分位の実効限界税率がほとんど変化していないのは、減税のほとんどが課税最低限の引き上げによるものであり、10%から50%までの5段階の所得税の税率がそのまま据え置かれたためである。

 課税最低限の引き上げにより減税が行われた理由は、消費税率の引き上げによる低所得層の税負担増加をさけるためであった。この課税最低限の水準は、平成10年の特別減税後には491.7万円と決して低所得者とは言えないような水準まで引き上げられた。効率性の観点からは、課税最低限の引き上げではなく、税率表のフラット化の方向での改革が求められよう。

表 所得税・住民税における実効限界税率の変化

所得分位 改革前 改革後
T 9.45% 9.45%
U 10.95 10.95
V 10.95 10.95
W 10.95 10.95
X 15.61 11.71
Y 15.61 15.61
Z 17.61 15.61
[ 17.61 17.61
\ 26.40 17.61
] 29.08 26.40

出所:橋本恭之『税制改革の応用一般均衡分析』関西大学出版部、87


出所:橋本恭之『税制改革の応用一般均衡分析』関西大学出版部、87頁



やさしい経済学3:所得税のフラット化

 所得税の累進税率表における税率区分を減らすことをフラット化と呼ぶ。税率区分が複数なければ累進性は確保できないというのは誤解である。例えば、課税最低限を300万円とし、税率を10%に一本化したとしよう。年収500万円なら税額は、(500-300)×0.1=20万円で、負担率は4%となる。年収1000万円なら税額は70万円で負担率は7%となる。つまり、所得が上昇するにつれて負担率が上昇するので、累進性を満たしている。

 仮に、フラット化を進めて、税率を一本化する場合、その税率と課税最低限は如何なる水準に設定すべきか。その問題に答えようとするのが最適課税論である。最適課税論の考え方は、税制を設計するとき各消費者の効用(満足度)に依存する社会的厚生を最大しようというものである。その場合の税体系は、所得税のみ、あるいは消費税のみが利用可能であるという制約がおかれることが多い。しかし、現実にはさまざまな税が存在している。以下では、個別間接税、消費税、所得税の存在を前提とした場合、所得税の課税最低限と税率を如何なる水準に設定すべきなのかを考えよう。

 図には、改革前の基準時点と同一の税収を達成するような税率と課税最低限の組み合わせを示す等税収曲線が描かれている。税収確保の観点からは、この曲線上であれば同じ税収が獲得できるのでどの組み合わせを選択してもよい。この組み合わせの中でどれを選ぶのかは、社会的な価値判断に依存する。そこで、社会的価値判断として最大多数の最大幸福を唱える功利主義的な基準を採用すると、最適な限界税率は16%、課税最低限は362.533万円となった。価値判断としてより平等性を重視する場合には、等税収曲線上のもっと右側の領域で税率と課税最低限が選択される。この課税最低限の水準は、特別減税を含まない場合の夫婦子供2人世帯の課税最低限361.6万円とほぼ一致する。特別減税後の課税最低限491.7万円は高すぎるのである。

 このような改革が実施された場合、低所得層と高所得層の税負担が軽減され、中間所得層の税負担が増大する。すなわち、低所得層と高所得層の負担軽減の方が、中間所得層の負担増大よりも好ましいと評価することになる。この結果は、中間所得層の減税はすでに十分おこなわれてきたのに対して、高所得層の限界税率の引き下げが不十分であることを示唆するものと言える。
図 等税収曲線と最適税制

出所 橋本恭之『税制改革の応用一般均衡分析』関西大学出版部,102頁



やさしい経済学5:資産課税の改革

 不況対策としてのこれ以上のバラマキ的減税はやめたとしても、すでに実施されてきた減税によって、一般会計税収はほぼ昭和62年の水準まで落ち込んでいる。この間発行してきた国債の償還、利払いに加えて、高齢化による財政負担の増大が予想される。このような財政需要の増大に、どのように対処すればよいのだろうか。消費税率の引き上げも選択肢の一つであるが、所得、消費、資産の課税バランスから考えると資産課税の強化も有力な候補である。現行税制のもとでは、資産性の所得については極めて不明確な形で課税されている。株式の譲渡所得へのみなし課税は、その典型である。みなし課税とは、上場株式などの売却額の5.25%が利益であるとみなして、その利益に20%の税率で課税するものである。納税者番号制度を導入して、株式の譲渡所得を捕捉し、給与所得などと合算した総合課税化が望ましい。総合課税されるとしても、所得税をフラット化しておけば、株式投資への悪影響も少なくなる。むしろ、現在のようなキャピタル・ロスの発生している状況では、ロスを給与所得から相殺することが可能となり、株式投資促進にもつながる。

 また、資産課税としては、相続・贈与税の改正も視野に入れるべきである。近年行われてきた相続税の改正で基礎控除が引き上げられたことにより、相続税の納税者比率は平成8年時点で5.4%まで落ち込んでいる。平成10年度当初予算において相続税が国税収入にしめる比率も3.9%にすぎない。その一方で、わが国の金融資産は、1200兆円とも言われている。現在進行しつつある少子化と高齢化は、経済のストック化を促進する。少子化社会では、子供たちは双方の両親からの遺産相続をこれまで以上に期待できることになる。相続財産は、納税者が自らの努力で勝ち取ったものではないために、課税による勤労意欲の低下などの効率性の阻害などの悪影響も少ない。相続税の基礎控除の引き下げとともに累進税率表をある程度緩和し、広く薄い課税を検討すべきである。現行の相続税の課税最低限は、基礎控除が5000万円、法定相続人一人につき1000万円とあまりにも高い。その一方で税率表は、最高税率が70%と異常に高い。最高税率は少なくとも50%程度まで引き下げるべきである。最高税率引き下げには、資産家優遇という批判も予想されるが、あまりに重い相続税負担は、相続税の逃れの節税、脱税策や日本からの資産の流出を招くだけである。また、現行の贈与税では、年間60万円の基礎控除が認められており、毎年少額の生前贈与をおこなうことで、相続税の節税を可能にしている。税務行政上の理由から廃止された、生涯の贈与を累積したうえで課税する累積取得税の復活もコンピュータの利用で十分可能であろう。


やさしい経済学6.地方税の改革

 現在の不況は、地方の方が深刻だといわれている。バブル期におこなわれた過剰なリゾート開発などのしわ寄せも発生している。民間だけでなく、地方自治体自身も乗り出していたリゾート開発を可能にしていたのは、各種の国庫支出金(いわゆる補助金)と地方交付税という国から地方の財源移転システムである。地方自治体にヒヤリングにいくと、村ご自慢の温泉付き宿泊施設などを建設するために如何にして各省庁からの補助金を獲得したのかという苦労話がかならず出てくる。このような施設の建設は、短期的には地元の建設業者を潤し、雇用を促進するという点で景気対策にもつながる。しかし、長期的には赤字を垂れ流し、地方財政を悪化させる要因のひとつになる可能性が高い。また、都市生活者には、自分たちの支払った税金の多くが自分たちのために使用されるのでなく、地方へのバラマキ的な補助金として使われているのではないかという不満も生じている。
 このような問題点は、国と地方の財源配分を見直し、地方の自主財源を強化することで解消される。自主財源を強化することは、住民にコスト意識をもたせることによって、地方歳出の効率化につながる。だが、現行の地方税体系を抜本的に変更することなしには、地方税の強化はできない。というのは、現行の地方税は地域間の税収格差が大きすぎるからである。国から地方への移転をやめて地方税の比率を高めようとすれば、大都市圏にのみ税収が集中し、ナショナル・ミニマムとしての最低水準の行政サービスが地方では確保されない恐れがある。
 では、具体的にはどのように地方税体系を変更すべきなのであろうか。その答えのひとつが、筆者を含む研究グループによる「共同税」の提案である(詳しくは本間正明・大田弘子編『民から改革』清文社、第6章を)。この共同税は、国税当局が所得税と住民税を統合した税率表のもとで課税し、その全体の税収の一定割合を地方税として配分するものである。この配分比率は、これまでの国税中心を是正するために、共同税の税収の6割を地方へ、4割を国に配分するように設定する。この4割の地方税の税収は、各都道府県に所得基準で配分する。この共同税と平成9年税制のもとでの税収格差を変動係数で比較してみた。変動係数とは、標準偏差を平均値で割ったものである。一人当たりの個人住民税の税収額の変動係数は、平成9年税制が0.395335、共同税が0.183097となり、 現行の地方税制のもつ地域間の税収格差を大幅に縮小することにつながるであろう。