『相続税のあり方に関する一考察』

09M3062 安井 務
はじめに
第1章 相続税の課税根拠と課税方式
第2章 シャウプ勧告による相続税改革の沿革
第3章 資産分布の現状
第4章 ライフサイクル資産の推計
第5章 諸外国比較
第6章 相続税の改正の方向性について
おわりに

問題意識
 平成18年度における相続税制の課税状況の推移をみると、年間死亡者数のうち相続税の課税件数の占める割合は4%程度まで落ち込んでいることがわかる。今後増大していくであろう社会保障費の財源としてストックに着目する資産課税で賄うべきであるといった声もきかれており、相続税制の課税強化が必要であると考えられる。フロー課税強化は若年層への勤労意欲の疎外につながるため、ストック課税が望ましく思われる。しかし、過大なストック課税は資産の海外逃避につながることにも注意は必要である。また、平成18年における相続税の課税価格階級別の課税状況をみると、1億円までの階級区分における負担率は、1.4%程度であるが100億円超の階級区分においては、30.1%まで引きあがる。平成21年度の現行税制においては、平成15年度の改正により最高税率は50%まで引き下がったが基礎控除等はそのままという形で、依然として課税最低限は高すぎる状況にあるといえる。課税最低限に関して、諸外国と比較しても平均的な水準にあると言われているが実物資産の優遇制度は考慮されていない。これにより大幅に引き上げられていると考えられる。このことは、資産格差の拡大となり所得再分配効果の低下につながると考えられる。政府税制調査会における平成21年度の税制改正に関する答申においても「相続税の資産再分配効果の回復が重要である」と指摘しており、課税最低限の引き下げ、課税ベースの拡大を視野にいれて今後の相続税制における望ましい課税のあり方を思案する。
 
先行研究
 Kotlikoff and Summers(1981)は、総資産保有額=ライフサイクル資産+移転資産という等式が成立することを利用してアメリカにおける移転資産の重要性を指摘している。橋本・呉(2002)はライフサイクル資産の推計を行うために『家計調査年報』のデータを利用して可処分所得、消費支出に関するコーホート・データと呼ばれる世代別のデータを作成し、実物資産と金融資産の合計額から総資産保有額を推計したうえで移転資産を推計する方法を述べた。これにより相続税における富の分散の必要性が高いことを指摘している。
 橘木(1989)は所得分布と資産分布をジニ係数により比較し、全家計において、所得分布は0.308であるにも関わらず、金融資産は0.563、実物資産は0.616と大きく乖離しており資産分布に関する不平等度を検証した。
分析手法
 実証分析として、橘木(1989)の分析手法を踏襲し現在の実物資産、金融資産の不平等度をジニ係数により推計する。また、橋本・呉(2002)の手法を踏襲し、『家計調査年報』のデータを使用し隣接する2つの5歳刻みの年齢階級別のソース・データの加重平均をとることにより1歳刻みのコーホート・データを作成したうえで、ライフサイクル資産の推計を行う。

参考文献
橘木俊詔(1989)「資産価格の変動と資産分布の不平等」『日本経済研究』第18巻.
橋本恭之・呉善充(2002)「資産形成における相続の重要性と相続税改革」『関西大学経済論集』52号.
橋本恭之(1991)「コーホート・データによるライフサイクル資産の推計」『桃山学院大学経済経営論集』第32巻第4号.
宮脇義男(2008)「相続税の課税方式に関する一考察」『税大論叢』57号.
成田淳司(1999)「資産価格の変動が消費・貯蓄に及ぼす効果−コーホート・データによる分析−」『経済学研究』第48号.
下野恵子(1991)『資産格差の経済分析』名古屋大学出版会.
Kotlikoff,L.J.andL.H.Summers(1981),"The Role of Intergenerational Transfers in Aggregate Capital Accumulation,"jornal of Political Economy,Vol.89,No4.