国際投資論-研究ガイド


(関西大学商学会『リサーチガイド』初版,2002年,96-97頁)

1.海外直接投資を研究対象とする国際投資論

 国際投資は資本の国境を越えた移動としてとらえることができます。ある国と他国とのカネのやりとりを複式簿記の原理に従って記帳したものを「国際収支表」と言いますが、当然のことながら国際投資もこの国際収支表―国際収支を構成する資本収支に含まれる投資収支―に出てきますので、カネの流れ(金額)として把握することができます。

 次に国際投資は、間接投資と直接投資とに分けられます。間接投資は証券投資とも言われ、株の配当や値上がり益を目的とした投資で、これは外国企業の株式や社債、外国政府が発行する債券を購入することを通じて行われます。一方、直接投資とは経営に参加することを目的とするものです。直接投資の具体的形態としては、経営参加を目的に外国の既存企業の株式を取得したり、既存企業を買収・合併することや、子会社や合弁企業を外国に設立してその株式を保有すること、支店・営業所・工場等を設置することがあります。国際投資論がその研究対象とするのは、こうした海外直接投資です。

2.海外直接投資は経営資源のパッケージとしての移転

 先に述べたように海外直接投資は、国際収支表において具体的な数字(金額)として現れます。しかし、そうした金額としてだけ把握しただけでは、直接投資を理解したことにはなりません。例えば、ある日本の製造企業が中国に工場を建設して現地で生産を行うこと、つまり海外直接投資を実行するとしましょう。その場合、この企業は何を中国に持っていく必要があるでしょうか。中国に工場を建設するための資金を送らなければなりませんので当然カネの流れが生じますが、それだけではありません。工場の建設・操業にあたって中国国内では機械設備や原材料が調達できない場合は、日本からそれらを持ち込まなければなりません。また、操業のために製品の設計図や作業標準書が持ち込まれたり、日本からヒトが派遣されて指導にあたるなかで生産のためのノウハウや日本的な経営手法が伝授されることもあるでしょう。

 こう考えてくると、直接投資は企業経営に役に立つ様々な有形無形の資産―これを経営資源と言います―の体系的な移転を含んでいることがわかります。ここで「体系的」としたのは、先の例で言えばこの企業が有している経営資源のうち、中国の工場が順調に建設され、正常な操業水準を維持し、競争力をもった製品を生産するために必要な資源がまとまった形で移転されるからです。いわば、直接投資は資本・経営能力・技術的知識などの経営資源のパッケージとしての移転、海外企業進出と言い換えてもいいでしょう。国際投資論はその点からすれば、国境を越えて行われる経営を研究対象とする国際経営論と重なり合う部分が大きいと言えます。

 したがって国際投資論は、一企業レベルから一国の国民経済レベルまでの直接投資・海外進出をめぐる問題を扱います。

3.事例:中小企業の中国進出

 以下で、直接投資・海外進出がなぜ・どのように行われたのかを私が取材したある中小企業の中国進出事例で示しましょう。

 従来からA社が生産していたFA用のモーター駆動装置は、市場が限られており大きく販売を伸ばせない一方で、納入先からのコストダウン要求が絶え間なくされるようになった。このまま国内で従来品だけを生産していても収益が上がらず、会社を大きくすることはできないと考えた。そこでA社は新規事業を開拓したいと考えたがO工場では建物、人材にしても限度があり、従来品をどこかに移す必要性が生じた。しかもまだ競合相手が海外生産していなかったので、先んじて海外に出るチャンスでもあった。A社の中国進出は、新規事業の立ち上げと結びついていたのである。

 O工場が中国に工場を出そうと検討をしていた1996年10月に香港において、主要納入先である電子機器メーカーB社と主要仕入先である電子機器メーカーC社から同時にだが別々に、日系中小企業向けの貸工場を提供するテクノセンターを紹介された。A社は中国進出を検討する以前(1995年7月)に設立された香港事務所が、深セン市に接している東莞市にあるC社の工場で生産されたステッピングモーターを仕入れて、B社の工場(台湾・タイ)に納入していた関係で、この両社に中国で工場を持ちたいと相談したのである。

 その後、A社は年内にテクノセンターへの入居を決めて、翌1997年1月に工事を開始、2月には従業員(班長候補)6名を採用して約2ヶ月間トレーニングを行い、5月から本格的に操業を開始した。トレーニングが約2ヶ月間かかったのは、これまで量産品しか経験がないワーカーに少量多品種、しかも少し難しい作業を習得してもらう必要があり、また部品の段取りから製造に当たるやり方が中国の量産工場で行われているやり方とは異なるので、徹底的に教育したからである。

 この事例からもわかるように、直接投資・海外進出はその企業を取り巻く環境条件と利用しうる限られた経営資源のもとで企業戦略として行われることが多いのです。したがって、国際投資論を理解するためには、企業そのものについての理解(経営学的素養)が必要となりますし、一国レベルの直接投資を論じる際には経済そのものについての理解(経済学的素養)が必要です。

<国際投資論を学ぶための文献>


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Author: Shin Hasegawa
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