経済教育学会第14回全国大会第10分科会

関西大学商学部における学生参画授業の試み
―導入期教育科目を中心に―

1998年11月29日
関西大学商学部
長谷川 伸

  1. はじめに―なぜ学生参画授業を試みたか―
    1. 大学教師3年目。昨年まで,導入期科目である基礎演習では1年間で論文を作成する参与型の授業,専門科目である中南米経済論では講義形式の授業を行ってきた。
    2. 経済教育学会(97年11月)での林義樹先生・参画理論との出会い
  2. 基礎演習におけるとりくみ
    1. 基礎演習の沿革
      1. 「基礎演習」は,1回生必修の導入期教育科目(通年)であり,1クラス40人台(21クラス)。
      2. 長谷川は98年度は昨年同様,2クラス担当。具体的な進め方は授業形態も含めて,クラスの担任に任されている。
      3. 今年度の長谷川担当基礎演習の目標
        1. 学生自ら授業を企画運営することを通じて,組織的問題解決能力を向上させる。「学び」が集団的営為であり,文化的実践への参加であることを体感すること。
        2. 一年間でグループで一つの作品を作り上げる。
    2. 学生参画授業を支えるシステム
      1. 林義樹先生の『学生参画授業論』(学文社,1994年)で紹介されているツールとシステムを全面的に利用。
      2. アシスタント
        1. 長谷川担当の基礎演習のOB。ボランティアベース。恒常的に参加しているのは,7名(前期)。後期は基本的には授業に顔を出さないようにしている。
        2. 受講学生が離陸するまで授業運営の中心的役割を担った(7回まで)。
        3. アシスタント自身は,学生参画授業を体験していないので,なかば手探りで授業運営を行って途中で失敗したりしたが,アシスタントの成長に繋がっている。
      3. 感想ラベル(先・後)とラベルチャート
        1. 毎回の授業の感想ラベルを使って授業ラベルチャートに。
        2. 係会議や班会議の際に,その会議の結果をラベルチャートに。
      4. 8つの係と5つの班
      5. 基礎演習デジタル http://fio.ec.kansai-u.ac.jp/bs/index.html
        1. 各班の情報係が,クラスの名簿や毎回の授業で発生する情報(出欠状況,班会議の記録など)をインターネット上のWebページからデータベースへ入力して,入力された情報が自動的にWebページとして公開されるシステム。クラスの情報共有システムの一つ。
        2. このシステムは,毎週書記係が作成した日誌を情報係が受け取り,Webページから入力することを前提としているが,入力は進んでいないのが現状。これは,(1)日誌をつけるという仕事の意義が理解されていないこと,(2)コンピュータ利用のスキルの習得が充分でないことによるもの。
    3. 経過 →「98年度基礎演習」
      1. これまでの流れ:ガイダンス→自己紹介→係決定・係会議→電子メール実習→班編成・班会議→図書館ツアー→作品構想→作品テーマ発表→中間発表に向けての準備→中間発表→最終発表に向けての準備 …これまでに21回分が終了し最終発表まで秒読み段階にある。
      2. 受講学生(各係のリーダーで構成される幹事会)による企画運営となった第8回では,クラス全体に,自分たちで授業を企画運営することは楽しいという気づきが伝染し,クラスの一体感と雰囲気が格段に高まった。
      3. しかしその後,中だるみが生じ欠席・遅刻が多くなったため,このテーマについての班会議やクラス会議を「何のための授業か」問いかける形でおこなった。
      4. その後担当クラスの一つは,現場取材(例:CDレンタル店,商店街)を自分たちだけでかなり精力的に行なうようになった。
      5. 現場取材に成功していないもう一方のクラスは,10月に崩壊寸前まで落ち込んだが,学生参画型をやめるかどうかのクラス会議・班会議を重ねることで危機を乗りきっている。この時,授業ラベルチャートが効果を発揮した。 →基礎演習10月14日ラベルチャート
      6. 学生に対するアンケート調査も提案→アンケートを作成し自分たちのクラスや他クラスで実施する班も。
    4. 評価
      1. 現場取材と学生向けアンケートにとりくませたことは,学生のやる気と責任を呼び起こし,班のまとまりもクラスの雰囲気も良くしている(開放系としての授業,社会が透けて見える授業)。
      2. Plan-Do-Seeのルーチンでは,See(評価)を行うことが最も理解が進みにくかった。これは,自分たちの行動やその成果をこまめに記録する習慣がないことと関係している。
      3. それぞれのクラス,それぞれの班・係によって,やる気や盛り上がり方にもカラーがかなり違う。カラーが違っているだけで,やる気なりテンションの程度が異なっているわけではないことに注意しないと,やる気を損なってしまうことになる。
    5. 課題
      1. 作品が大事にされていない
        1. ラベルとラベルチャートについての説明が不十分であったため,ラベルへの記入が不完全であったり,ラベルチャートが図解になっていないものが続出。
        2. 鑑賞の時間を充分とっていないために,作成したラベルチャートをみんなでしみじみと鑑賞することにならず,文具係の仕事のやりがいが感じられていない。
      2. 授業時間外の活動に対する理解と工夫への一層の努力が必要
        1. 面白いという動機と,授業準備のための時間を正々堂々と要求することが必要。
      3. 教員・アシスタントによる関与の適切な深さの見計らいの難しさ
        1. 試行錯誤するほかない。教員・アシスタント学生の教育ともなっている。
        2. 「アシスタントが面倒を見てくれる」という甘えが生じた可能性がある。
      4. 開放系としての授業づくり
        1. 作品発表会に関係者をゲストとして招く予定
        2. インターネットによる公開(前述の基礎演習デジタルなど)
  3. 中南米経済論におけるとりくみ →「98年度中南米経済論年間スケジュール」「〜レポート発表」
    1. 経緯
      1. 昨年までの中南米経済論は,授業形態としては講義形式(出席自由),成績評価方法としてはレポート提出と試験(テスト)(持込自由),いわば自由放任型で行なってきた。
      2. レポート・テストの水準の驚くべき低さに幻滅。「出せばいい」「受ければいい」という発想と,レポート作成とは文献から盗用することだという観念の産物に耐えきれなくなった。
      3. レポート・テストを返却できない(一方通行・成績評価のブラックボックス化)。
      4. 中南米経済論の特殊性。身近に感じられない,体系化されていない。
    2. 本年度の特徴―ブラックボックス型からTranslucence(スケルトン)型へ
      1. 成績評価方法も一緒に受講している学生の思いもわからなかった授業から,他人の考えや思いが,自分の成績が,そして自分が透けて見える授業へ。
      2. 成績評価方法を受講生と相談の上決定。 →「中南米経済論成績評価方法」,中南米経済論ラベルチャート(5月22/29日)
      3. 毎回の授業の流れ
        1. 前回の授業ラベルチャートの解説(作成した学生による)
        2. レポート発表→受講生からの質問(質問ラベル)→教員のコメント+補足説明
        3. 感想ラベル(→授業ラベルチャート作成担当学生へ)・質問ラベル提出
      4. レポートを授業で発表することにより,発表者にとっては作成したレポートの評価がその場で判明し,他の学生にとっては発表者の主張がその場で分かり,質問もできる。
      5. その場で発表レポートの評価を教員が行なうので,授業は受講学生にとってはレポート作成方法の学習過程ともなっている。
      6. 発表者に対する質問も鋭いものが多く,発表者にとっていい刺激となっている。
    3. 評価と課題
      1. 成績評価方法を学生と相談して決定するプロセスは,学生の授業に対する参加意識を高めるとともに,「授業とは何か」「大学とは何か」を考えさせる機会となった。
      2. 学生のレポート発表を中心として運営されていく授業は好評を得ている。
        1. 「大学本来の授業の姿という感じがするが、なかなか大変だ」。
        2. 「他の専門科目と違い、大学らしい授業だと感じる」。
        3. 「レポート発表といった授業形式もなかなかいいと思います」。
      3. レポート作成のために,大学から飛びだして取材してくる受講生や,他の学生が発表したテーマを引き継いでレポートを作成する学生も出てきている。
      4. 毎回作成する授業ラベルチャートも,受講学生の思いと作成する学生の個性がよくでていて好評を得ている。 →中南米経済論ラベルチャート(6月19日/11月20日)
      5. 課題としては,(1)スケジューリングが難しい点,(2)ラテンアメリカ経済の主要トピックを満遍なくカバーすることにはならない点が挙げられる。


Author: Shin Hasegawa
E-mail: shin@ipcku.kansai-u.ac.jp
Last Updated: Nov,30 1998.