2011-2012シーズン リーダーのメッセージ を 掲載しました。

 高校生の2011-2012シーズンが終わりました。 1月の近畿大会予選(新人戦)で大敗、4月の大阪総体でも惜敗。結果が表れない厳しいシーズンでした。 しかしプレーヤー・マネージャーたちはミーティングを重ね、 8月の高槻合宿と菅平遠征を終えた頃は自分たちが目指すチーム像に近づきはじめ、 最後の全国大会予選では、 全国大会出場経験のある伝統校に勝利することができました。 最後のベスト4をかけたゲームでも、日々ひたむきに練習していたテンポのある関大ラグビーが見られ、 チーム一丸となった素晴らしいトライも見ることができました。
 以下はシーズンを終えた主将、副将、マネージャーリーダーのコメントです。ぜひご覧ください。
 僕は関大一高ラグビー部に入り、いろいろな経験をすることができました。
 ラグビーを始めたのに大きな理由はなく、体も小さく初めは大変でした。 僕が高校1年生のとき、チームが強く、創部以来初めて全国大会予選準決勝まで進みました。 僕自身も花園の芝を踏めてとてもいい経験になりました。 高校2年生になると1つ上の先輩が少なく、チームの核となっていきました。 この年は公式戦で全然勝つことができず苦しい時期でした。 「結果が出ずに練習」これの繰り返しでした。 最後に2勝できたときはつらい練習の成果が出たと喜びました。
 新チームが始まりキャプテンを任されました。 華やかで目立つ役というのが、僕がキャプテンに対するイメージでした。 しかし実際は違いました。
 僕たちの学年は部員も多く期待されて入部しました。 3年生全員で集まり、ミーティングをした結果、花園の第1グラウンドの芝を踏むために頑張ると決めました。 新人戦では必ず2勝すると目標にしていました。 1勝して2戦目の大阪産業大学附属高校さんに 7−84 で完敗しました。 期待されていただけにこの試合の後はへこみました。
 春の合宿で僕たちは、“爆発的成長”というキーワードをたてて取り組みました。 格上だった上宮高校さんに 0−7 で勝ち、あの完敗した試合などを考え、みんなで泣きました。 春の高校総体を迎え、1勝して関西創価高校さんと試合をしました。24−26 で惜敗。 このとき僕はキャプテンである自分の無力さを痛感しました。 新チーム始まって以来、自分は何もしていなかったと知ることができました。
 3年目の夏合宿は今までとは比べることができないくらい走り、1からチーム作りは始まりました。 ミーティングを多く行い、いろいろな意見を聞き、共有して良い方向へ持っていきました。 最後の公式戦はあっという間でした。 4試合もできたことを嬉しく思います。 最後の試合、摂津高校さんとの試合では、自分の持っているパフォーマンス以上のものを出すことができ、 高校ラグビー生活に後悔はありません。
 キャプテンは初め考えていた華やかで目立つ役ではなく、日々チームのことを一番に考え、責任を一番感じる役だったと思います。 しかしこの役をさせてもらったことで、すごくいい経験をすることができました。
 本当に泣いたり笑ったりの3年間でしたが、関大一高ラグビー部の合言葉でもある Wills〜強い志の持つ人〜 になり、 人間的にも成長することができたと思います。
 最後になりましたが、今まで関大一高ラグビー部に携わっていただいた皆さんに感謝したいと思います。 ありがとうございました。
                   2011-2012シーズン 主将 田村  宏樹

 ラグビー部のリーダーに選任されてから物事の捉え方が大きく変わりました。
 リーダーになる前は業務的な意味でチームをまとめ、 言うことを聞かない部員に対しては強制的に言うことを聞かせる、といった一方的なものが リーダーの仕事だと思っていました。 しかしそれだけではチームは一向に成長しませんでした。
 早瀬先生のラグビーに対する考え方は、プレーヤーが自分で考えて自発的に行動するということに、 プレーヤーとして人間としての真の成長があるのだというものでした。 それを実行すべく、心から相手の立場に立って気持ちを推察し、 またどういった言葉をかけるのが一番理解を得られるのか考えるということを念頭に置いて行動するうちに、 客観的な立場に立って多角的に物事を捉えないといけないと思うようになりました。
 そんなある日の試合中、私は右足の腿骨を骨折して手術をしました。 完治までに1年はかかると言われましたが、何とか最後の大会までに復帰することができました。 しかしチームメイトとは技術面において大きく差が開いていて、そこで大きな挫折感を味わいました。 そんな時に先生から声をかけられ 「怪我をした人にしかわからない気持ちがお前にはわかる。これはとても良い経験なんだよ。」と言われて私は感涙しました。 そういったまさに筆舌に尽くしがたい経験をさせていただきました。
 そしてラグビー部で得た一番の宝は、互いに本音をぶつけ合い、 仲良しクラブではないチームの絆を深め合ったチームメイトです。 この肝胆相照らした仲間は一生の友だと思います。
 最後に関大一高ラグビー部を支えてくださった先生方、保護者の方及び関係者の方、本当にありがとうございました。 そしてこれからも変わらずに応援していただければ幸いです。
                   2011-2012シーズン 副将 新井  紳吾

 私は高校3年間ラグビー部のマネージャーを務めてたくさんのことを学びました。 その中でも一番心に残ったことはプレーヤーや先生、保護者の方々から“ありがとう”と言われたときの喜びです。
 私は中学校では軟式テニス部に所属していて、 私自身がプレーヤーの立場でした。 だから入部当初はマネージャーの仕事にも戸惑うばかりでした。 しかし毎日、本気で練習に励んでいるプレーヤーの姿を見ると、 中途半端な気持ちでマネージャーをしてはいけないという思いが次第に強くなっていました。
 3年間という長い時間だったので、つらい時や正直やめようかと思うときもありましたが、 同時に“最後までチームのために頑張りきらなくていいのか”という気持ちもありました。 なぜマネージャーを続けてこれたのかというのは、 やはり感謝される喜びを知ったからだと思います。 マネージャー同士でも支え合い、またプレーヤーや先生方にも支えながら過ごしてきた3年間は、 私一人では決して乗り越えられるものではありませんでした。
 私はこの関大一高ラグビー部でいろいろな経験をさせていただき、 マネージャーである自分に誇りを持って引退することができました。
 たくさんの思い出が詰まっていて、毎日がとても楽しく充実していた3年間でした。 関大一高ラグビー部のマネージャーをして得たものは、 私にとってかけがえのない大切な宝物です!
           2011-2012シーズン マネージャーリーダー 有村  嘉菜