ことばの科学(東京:英潮社)創刊号
Speech Science 1, Tokyo:Eicho-sha

外国語学習方略研究の動向
Foreign Language Learning Strategy Research: Recent Developments

竹内 理(関西大学)
TAKEUCHI, Osamu(Kansai University)

takeuchi@res.kutc.kansai-u.ac.jp

外国語学習方略(以後、方略)とは、「学習者がある外国語習得のために行う環境(言語材料、学習環境、学習者自身)への働きかけのうち、外国語習得に役立つもの」のことを言います。例えば、「単語を記憶する際にイメージを利用する」などというのも方略の一つになります。方略は学習者への Empowerment (力の付与)のための手段、つまり教師に頼りきる他律的存在から、自分で学習を進めていける自律的存在へと学習者を変えていくための手段として考えられており、その研究は応用言語学で重要な分野になりつつあります。代表的な研究者には、O'Malley, J.、Oxford, R.、Rubin, J.、Wenden, A. などがいます。研究は70年代から始まり、80年代前半までの研究では、学習成功者の使用した方略の逸話的記述を中心に研究が行われました。例えば、「学習成功者のA氏は音読を欠かさなかった」という情報を逸話といいます。その後、 90年代初め頃までの研究では、学習成功者と学習遅滞者の方略比較(方略の使用法に違いがあるのか)、方略使用への生理的、社会的、心理的要因の影響(性別、文化、動機などが違うとどのように使用状況が変わるのか)などに関する実証的(データに基づく)記述がすすめられました。90年代に入り研究の方向は、方略使用と外国語能力向上の因果関係検証(方略使用はホントに外国語能力を高めるのか)や方略訓練法(カリキュラムと教材)の開発・評価などに向けられています。 (詳しくは Takeuchi, 1991を参照。)

さて、方略を学習者がどの程度使用しているのかを簡易に調べる方法に、Oxford (1990) の開発した Strategy Inventory for Language Learning (SILL) という質問紙があります。これには「英語母国語話者で外国語を学ぶ人」用と「英語を第二言語あるいは外国語として学ぶ人」用の2種類があります。信頼性(同じ結果が繰り返し得られるのか)と妥当性(測定している範囲は十分か)が検証され、前者は5回、後者は7回の改訂がなされています。SILL は、その実施しやすさから教室場面(学習指導)や量的(統計)研究でよく用いられてきました。しかし、その妥当性に関しては疑問が呈せられていることも忘れてはならないでしょう。例えば、Takeuchi (1993b, 1994) は、SILLにあげられている方略の多くが、日本人英語学習者の英語Achievement にも Gainにも関係がなく、負の関係すら存在していることを実証的に示しています。つまり、有効な方略は常に一定ではなく、文化・社会的要因や学習者の能力、学習環境などにより変化するというわけです。また、LoCastro (1994,1995) も、学習環境により有効な方略は変化すると主張しています。Oxford らはこれに対し、SILLは多くの場面において普遍的に有効であるとの反論を行っています。例えば、Oxford & Burry-Stock (1995) 、Oxford & Green (1995) などがその例ですが、SILLに肯定的な研究を中心に取り上げて論旨を組み立てているところもあり、十分な反論とは言い難いかもしれません。いずれにせよSILLは万能ではなく、一つの尺度にしか過ぎないことを理解した上で利用することをお勧めします。

今後の研究では、SILLなどの質問紙を利用した量的研究よりも、Diary-method (日記法)、Think-aloud (思考過程を口に出しながら作業をする方法)、Ethnographic Approach (グループの一員として観察記述する方法)などを用いた質的研究が多くなるものと考えられます。ただし方略研究には、量的・質的両面からのアプローチが不可欠であり、どちらかに偏ってしまう動きは危険と言えるでしょう。一方、方略訓練法の開発・評価に関しては、それが対象としている学習者を明確に定義したうえで研究を進めていく必要があります。特定の学習者に向けられた訓練法が、他の学習者にも無条件で適用でき、成果が上げられると考えるのはナイーブと言えるでしょう。ESL(第二言語としての英語)の分野で研究をする人達の中には、その成果がEFL(外国語としての英語)の分野でも利用できるという考え方をする人がいます。しかし、この考え方の真偽は実証的に検証して初めて判ることであり、憶測や予断に基づいて判断を下してはならないのです。

(Received:1996, 8/30)

References
LoCastro, V. 1994. Learning strategies and learning environments. TESOL Quarterly, 28:2
LoCastro, V. 1995. The author responds... TESOL Quarterly, 29:1
Oxford, R. 1990. Language learning strategies: What every teacher should know. New York: Newbury House.
Oxford, R. & J. Burry-Stock 1995. Assessing the use of language learning strategies worldwide using the Strategy Inventory for Language Learning (SILL) System 23:2
Oxford, R. & J. Green 1995. Comments on Virginia LoCastro's learning strategies and learning environments. TESOL Quarterly, 29:1
Takeuchi, O. 1991. Language learning strategies in second & foreign language acquisition. 『同志社女子大学総合文化研究所紀要』8.
Takeuchi, O. 1993a A study of language learning strategies and their relationship to achievement in EFL listening comprehension. 『同志社女子大学総合文化研究所紀要』10
Takeuchi, O. 1993b. Language learning strategies and their relationship to achievement in English as a foreign language. Language Laboratory, 30
竹内理 1994. 学習方略使用と外国語聴解能力向上の関係に関する一研究 『語法研究と英語教育』16. 京都:山口書店