大陸中国の正書字体が簡体字となっている一方、台湾や香港などではなおも伝統字が用いられているため、これら伝統字の文章を目にする機会は多い。しかし我々は、伝統字で書かれた中国文を読むときであっても、中日辞典を引く必要があれば、一般の、つまり簡体字が見出しに挙げられているものを引くことになる。それらには、簡体字の見出し字に続いて、対応する異体字の字体が注記されており、これによって少なくとも見出し字については伝統字にも対応している(ような)体裁になっているので、とりあえずの用途はこれで果たせるというわけである。
ただし、各種中日辞典における伝統字の扱いには、それぞれに異なった点があって、一様ではない。また、それらの辞典を使って伝統字中国語の文章を読もうとすると、見出し字に限ったとしても不足を感じる点は少なからずある。今回はこれらの点について報告し、より理想に近い見出し字のあり方についても提案しようと思う。
教室で電子辞書を引く学生の姿は決して珍しいものではなくなった。その一方で、電子辞書は訳語だけ見て例文や説明を読まなくなり、紙の辞書と違って自然と他の項目が目に入って勉強になることもないので、電子辞書は学習者、とりわけ初学者にとっては良くないという批判も聞かれる。
電子辞書が単に紙の辞書の再現であれば、紙の辞書に比べて表示範囲が狭い電子辞書は言わば紙の辞書の“劣化コピー”になってしまうであろう。そこに盛られている情報は同じであっても電子辞書という媒体の特長を十分に生かした情報の提示方法を目指すべきである。紙の辞書の場合、そこに盛られている情報とそれを表示するための媒体(=紙)は分かちがたく一体化している。それに対して、電子辞書は情報が電子データであるが故に、その両者を分離することが可能である。電子辞書は静的な状態で情報を表示する紙の辞書の再現を目指すのではなく、情報を様々な形態で提示可能な“ビューワー”としての方向を目指すべきではないか?また、一部の機種がすでに搭載しているが、発音機能のような電子辞書ならではの機能を利用した練習問題などの学習用コンテンツを強化すべきではないか?
4社から発売されている中国語電子辞書の入力方法・検索方法・本文の表示方法・ジャンプ機能・発音機能などを比較しつつ、紙の辞書の“劣化コピー”ではなく、学習の助けとなるような中国語電子辞書のインターフェースのあり方を探る。
辞書の最大の使命は、語彙項目の意味を記述することである。語彙項目のほとんどが多義的であることを考えると、辞書は、i ) その複数の意義を何に基づいて個別の意義として認定するのか、ii) それらを何に基づいて配列するのか、に関して明確な方針を持っていなければならない。瀬戸賢一他(編)『英語多義ネットワーク辞典』(小学館、2007)は、この意義の認定と配列とを認知的な意義展開パタンに基づき、英語の最重要多義語 1427 語に関して、各意義間のまとまりとつながりとを最重視した体系的な多義記述を行った成果である。これは、おもに英語の専門家を対象に多義構造の解説を目指したものであるので、その全てをそのまま、いわゆる学習辞書に適用することはできない。しかしながら、意味のまとまりとつながりとを重視し、その全体像を提示するというコンセプトは、学習辞書においても十分実現可能であり、また、外国語学習・教育という面からも資する部分が大きいと考えられる。本発表では、『英語多義ネットワーク辞典』で得られた蓄積を、(初学者も含めた)一般ユーザ向けの学習辞書にどう反映できるかを、具体的な記述例とともに検討する。
国立国語研究所日本語教育基盤情報センターでは,日本語学習者のための日本語用例用法辞書に関する研究をおこなっている。この辞書のモデルの最も重要な特徴は「意味・使用上のまとまり」を記述の単位とすることである。通常の日本語辞書は,「語」の基本形(代表形)を見出しとして立て,それに各種情報を集約的に付与するという構造を持つ。しかし,この構造は,(1)登録される表現にムラが生じやすい,(2)調べたい表現が辞書のどこにあるかが特定しにくい,(3)表現の意味や使い方を過不足なく記述するには窮屈すぎる,(4)用法分類や意味記述が複雑になる,(5)外国語の表現と対応させにくい,などの問題がある。本発表では,「意味・使用上のまとまり」を記述の単位とすることにより,このような問題がどのように解決されるかについて述べるとともに,「意味・使用上のまとまり」を記述の単位とする日本語辞書の大まかな姿について述べる。
中日辞典で“感冒”を引いても,“感冒沒去上班”(風邪で仕事を休んだ)のような日常で常用されるフレーズを得ることは難しい。同じく,“地震”を引いても,“那場大地震死了不少人。”(あの大地震でたくさんの人が死んだ)のような常用フレーズを得るのは難しい。また,“地震”の項では,“烈度”(震度)や“震源”(震源)といった関連語句へのポインタを見いだせないことも多い。これは検討の結果,必要ないと判断されたのか,それとも,特に意図もなく「なんとなく」そうなってしまったのか。
この報告では,辞書で記述しようとする事象や事物について,まず「オントロジーを構築する」という作業を行い,その構築されたオントロジーから,必要な用例や関連語句を演繹的に産出し(「コーパスから帰納する」のとは逆の手順であることに注意されたい),しかるのち,それぞれについて記載すべきかどうかを検討する,というアプローチを提案したい。
ここで言う「オントロジーの構築」とは,知識情報処理工学の分野で使われる手法で,ある事象や事物について,我々が持っている暗黙の了解や前提知識の総体の仕様を,それら相互の関係(上位概念,下位概念,構成要素,属性...etc.)を機械可読な形式で論理的に規定することにより明示する,という作業である。この報告では,「病気のオントロジー」,「気象現象のオントロジー」,「災厄のオントロジー」を例示して,報告を行いたい。
語義記述について、中国語辞書の問題点は、国語辞書や英和辞書について指摘されているのと同様に、以下の2点にまとめることができる。
このような記述傾向は、語に対する使用者の知識を断片化し、語全体の語義把握を困難にすることが指摘されている(瀬戸等2007等)。本発表では、瀬戸等2007の分析方針を参考に、以下の3点を語義記述の方針とし、常用単音節多義語“把”“白”“皮”“就”について記述モデルを作成する。
記述モデルを作成した結果、特に学習経験が浅い使用者の便を考慮して、以下の3点を指摘したい。
辞書における語の用例は,その語が該当する品詞の用法を体現したものでなければならない。品詞と文法成分が複雑な対応関係にある中国語においては,1つの品詞が多くの文法機能を持ち得ることになるが,用例はできるだけその品詞の典型的な用法を表したものを重点的に扱い,非典型的な用例と混在させないことが重要である。
三宅2007では,例えば動詞“调查”の中の“人口调查”のような,動詞における名詞的な用例の配置を論じた。また三宅2008では,形容詞“危险”の中で,“很危险”のような形容詞の典型的用例に対する“有危险”のような用例の扱いを取り上げた。本発表では,これらに更に名詞が量詞的な用いられ方をされている例(“一桌子菜”)や,副詞のその文法的定義に合致しない用例(“~得很”)などの辞書での扱いを追加検討し,品詞という観点から見た典型例と非典型例をどのように統一的に区分するべきかについて提言を行う。
また,実際にいくつかの辞書の用例に対し,本発表で提起する典型例と非典型例の区分の仕方に基づき配置変更を加えたものをモデルケースとして提示し,辞書としてどのような利点があるかを論じたい。