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胡適「詞的起源」(1925)〔PDF〕
鈴木虎雄「詞源」(『支那文学研究』)国会図書館デジタルコレクション
青木正児「詞格の長短句發達の原因に就て」(1924)〔PDF〕任半塘『敦煌曲初探』p.320-333第五章「雜考與臆説・起源」
岡村繁「唐末における曲子詞文学の成立」(『文學研究』65,九州大学文学部,1968-03-30)〔PDF〕
村上哲見「詞源流考」〔PDF〕
林玫儀「由敦煌詞看詞的起原」(『詞學考詮』,聯經出版1987年12月)〔PDF〕
王昆吾「從詞體形成的條件看詞的起源」(1995)(『從敦煌學到域外漢文學』,商務印書館,2003)〔PDF〕
萩原正樹「森槐南の詞學―『作詩法講話』に見える詞の起源説」(『立命館白川靜記念東洋文字文化研究所紀要』15,2022年3月31日)〔PDF〕
張窈慈「從《仁智要録》箏譜論唐代大曲之摘遍和樂譜──以《涼州辭》、《劍器渾脱》、《還京樂》、《泛龍舟》、《蘇莫遮》為例」(《港臺敦煌學文庫》45)
金文京「中国の語り物文学─説唱文学」(神奈川大学中国語学科『中国通俗文芸への視座─新シノロジー・文学篇』、東方書店。1998年3月)
唐以前の詩は、四言、五言、七言あるいは六言と、一句の字数が等しい斉言句を原則とした。ところが唐の中期以降、句によって長さが異なる長短句が生まれ、大いに流行するようになる。当時この形態を曲子詞といい、敦煌からはその選集である『雲謡集』のほか、曲子詞体による定格聯章式の歌辞が多数発見されている。
長短句の曲子詞がどのようにして、いつ生まれたのかについては、不明な点が多いが、中国の詩は歌われるのが基本である以上、詩型の変化は音楽の変化と密接にかかわっており、この場合、特に唐初より大量に流入した西域の胡楽が決定的な役割を果したであろうと考えられる。七言および五言の斉言句の詩は、おそらく上下二句が―つの単位となって、それは平仄の作り出す歌辞自体の言語的起伏をなぞるようなかたちでひとまとまりのメロディーを形成し、あとはいくら句が増えても同じメロディーを反復するだけで、せいぜいいくつかのヴァリエーションがあるか、またはリズムの緩急を変えるだけの単純なものであったろう。“変文”、などで平仄が比較的忠実に守られているのは、そのためであるに相違ない。
しかしこのような反復詠唱するだけの単純な形態では、西域伝来の胡楽の複雑なメロディーに対応するのは難しい。そこで一っ―つの楽曲独自のメロディーに密着したかたちで句数と字数を決める曲子詞が生まれたのである。唐末になると、曲子詞は知識階級の詩人たちに取り上げられ、次の五代から宋にかけて大いに流行する。これがいわゆる宋詞であり、それ以後の韻文文学は、従来の斉言句の“詩”(古詩と近体詩)と、長短句の“詞”およびそれが転化した“曲”の二つの形式に大別されることになる。