第5章 所得課税

第1節 所得税制の変遷
(1)シャウプ勧告
 昭和24年 9月 シャウプ勧告
        直接税中心主義
 総合課税を徹底し、資産所得を原則課税とするなど課税ベースを拡大
 最高税率の85%から55%への大幅な引き下げ
 税率区分の14段階から8段階への削減

(2)シャウプ税制からの乖離
 昭和28年度の税制改正 有価証券の譲渡所得課税の廃止
            利子所得の分離課税(税率10%)

表 所得税(国税)の税率の範囲と段階数
  税率の範囲 段階数
昭和25年(シャウプ勧告)
  28年
  32年
  37年
  44年
  45年
  59年
  62年
平成元年
   11年
   19年
   27年
20〜55%
15〜65%
10〜70%
8〜75%
10〜75%
10〜75%
10.5〜70%
10.5〜60%
10%〜50% 
10%〜37%
5%〜40%
5%〜45%
8段階
11段階
13段階
15段階
16段階
19段階
15段階
12段階 
5段階
4段階
6段階
7段階

(3)高度成長期の税制改革

1959年4月設置 政府税制調査会

最初の長期答申『今後におけるわが国の社会、経済の進展に即応する基本的な租税制度のあり方』1964年12月12日提出
                   ↓
経済成長期における税負担の増加を如何にして軽減していくか
                   ↓
所得税減税:扶養控除の引き上げ、給与所得に対する負担軽減として給与所得控除を拡充
 
(4)石油ショックと財政再建にともなう転換
 
1973年(昭和48年)秋 石油ショック
1974年 戦後はじめてマイナス成長、法人税収が29%ダウン
      インフレにより所得税負担が急増するのを防ぐために、所得税の2兆円規模の大減税を実施
                      ↓
            財政収支を急激に悪化

1979年  昭和50年度の公債発行の特例に関する法律制定
      公債発行額は約5兆3千億円(うち特例公債は約2兆3千億円)
      一般会計の歳入に占める公債依存度は25.3%
                      ↓
      大平内閣の「一般消費税の導入構想」とその挫折
                      ↓
              増税なき財政再建路線への転換

・既存税制の枠内での増収
1980年度の税制改正に関する答申 
  利子所得の総合課税化、グリーン・カード制度の導入
  →1980年(昭和55年)3月31日に法案成立、1984年(昭和59年)12月12日廃案
                      ↓
 1984年から1986年の間での税率表の改正を見送り:「自然増収」という実質的な所得税増税策採用



(5)フラット化への潮流

1984年11月27日アメリカ財務省報告
「TAX REFORM FOR FAIRNESS, SIMPLICITY,AND ECONOMIC GROWTH」
→課税ベースの拡大と税率表のフラット化を中心

1986年10月28日 政府税制調査会「税制の抜本的見直しについての答申」
            →税率表のフラット化による所得税・住民税の減税と新型間接税の導入

中曽根税制改革案
 →所得税・住民税の減税と法人税率の引き下げ、少額非課税制度の廃止とそれに伴う利子課税の一律分離課税、そして新型間接税としての「売上税」の導入が提案

1987年(昭和62年)5月27日 売上税など税制関連法案は廃案

1987年(昭和62年)9月19日 所得税減税、マル優(少額貯蓄非課税制度)廃止の税制改革関連法成立

1989年(平成元年)4月 竹下税制改革
→消費税導入、所得税・住民税の大幅な減税

表5-2 抜本税制改革前後の所得税の税率構造の変遷

所得税・住民税 税率表の簡素化と人的控除の引き上げにより約3兆円減税
→所得税の最低税率10%が適用される課税所得は、300万円まで引き上げ
 所得税(国税)の最高税率は50%、住民税(地方税)の最高税率も15%まで引き下げ
 基礎・配偶者・扶養の人的3控除 各2万円引き上げ
 1987年から新設された配偶者特別控除 所得税16.5万円(1988年度適用分)から35万円に、住民税で14万円から30万円に、16−22歳の扶養者がいる世帯に、所得税10万円、地方税5万円の扶養割増し控除制度新設

(6)平成不況と所得税減税
1994年(平成6年)から1998年(平成9年)  村山税制改革
→減税先行型、減税財源としての消費税率の引き上げ実施
 1994年 所得税の特別減税 一律20%減
 1995・96年 税率表の改正と伴う制度減税と一律15%の特別減税の組み合わせ

1999年 所得税・住民税の恒久減税
      平年度ベースで4.1兆円(国税 3.0兆円、地方税 1.1兆円)
      最高税率50%→37% 国税
            15%→13% 地方税




(7)三位一体改革にともなう所得税・住民税の改正

P74 表5−3 2007年度からの税源移譲に伴う税率表改正

最高税率の引き上げ(平成25年度改正)
 平成27年より 課税所得 4000万円超 45%


(8)子ども手当導入と扶養控除見直し

民主党マニフェスト 子ども手当    

2010年(平成22年)4月1日から実施 月額1.3万円 
(2011年4月以降は毎月2.6万円支給予定だったが断念)
支給総額 2010年度 約2.3兆円


「所得控除から手当へ」  手当のメリット 課税最低限以下の世帯にも支給 節税効果が平等

年少扶養親族に対する扶養控除(38万円)廃止  所得税 2011年(平成23年)から  個人住民税 2012年(平成24年)から

平年度 5185億円増税



2011年(平成23年)以降
扶養控除  16歳−18歳の特定扶養親族に対する上乗せ分 25万円廃止   改正前 38+25=63万円  改正後 38万円
平年度 957億円増税


2012年 子ども手当廃止→(新)児童手当へ
 月額 0-3歳 1.5万円  3歳−小学生 第2子まで 1万円 第3子以降1.5万円 中学生 1万円
          
 所得制限 年収960万円以上 5000円





(9)東日本大震災の財源調達

2013年1月〜 25年間 所得税 2.1%上乗せ
2014年6月〜 10年間 個人住民税 年間1000円

地方税がみたすべき租税原則 国税の租税原則 公平性 効率性 簡素
に加えて
 応益性  負担分任  普遍性  伸張性

応益性 地方公共団体が提供する公共サービスから受益に応じた課税
負担分任 行政サービスの受益者である地域住民がその行政サービスを分担、コミュニティを維持するための会費的正確
普遍性   どの地域でも課税対象となるものが存在し、かつ税収が見込めるもの
伸張性  高度成長期に重視された考え方、人口急増下での財政需要に対応
安定性  デフレ時代に重視、財政運営の安定化のため安定的な税収が必要

地方税原則から考えると、地方税への復興増税は必要だったのか疑問


(10)所得税の最高税率見直しと高所得層の給与所得控除の見直し

所得税のフラット化にともなう所得再分配機能の低下をおぎなうため

所得税の最高税率の見直し(平成25年度改正)
  最高税率 45%

高所得層の給与所得控除の見直し(平成26年度改正)

給与所得控除の概要(平成30年度改正)




(11)働き方改革と所得税の見直し

働き方改革 フリ−ランス、副業などを応援、どの所得にも対応できる基礎控除へ比重を移す

所得税の見直し(平成30年度改正) 2020年1月より施行
給与所得控除から基礎控除への振り替え 

基礎控除は最高48万円へ所得金額2400万円から段階的に削減し2500万円超はゼロに

(12)超富裕層への課税強化

2023年度税制改正  実施は2025年
    超富裕層への課税強化 約30億円を超える富裕層に追加的負担

P.78 図5−1 所得税負担の1億円の壁
    
    1億円の壁解消にはつならがない






第2節 所得課税の仕組み
(1)所得税(国税)の仕組み
 所得の種類  
 現行の所得税法における所得
  給与所得、利子所得、配当所得、不動産所得、山林所得、事業所得
  退職所得、譲渡所得、一時所得および雑所得の10種類
  山林所得と退職所得は、他の所得と分離して課税される。
  利子所得は昭和62年度の税制改正により一律分離課税が適用
  譲渡所得のうち土地・建物といった不動産に関するものは、分離課税
  配当所得については、源泉分離課税制度を選択することができる。
  
 税額の算出
@所得金額の調整
 給与所得控除 概算的な経費控除という側面 
        給与所得に対する負担を他の所得と均衡させるための側面

p.80 表5−4 給与所得控除

 
 
A総所得金額の算出
 一時所得と山林所得のような変動性のある所得
   数年間に平準化するという調整
B課税所得の算出
 課税所得金額は、総所得金額から人的控除(基礎・配偶・扶養)、社会保険料控除とその他の諸控除を差引くことで得られる。
 
p.81 表5−5 主要な所得控除



社会保険料控除(社会保険料全額、制度、収入によって差有り) 
その他の所得控除
 生命保険料控除   支払い保険料の明細を会社に提出
 医療費控除 
   診療・治療・出産のための診察費用・入院費用
   通院・入院の交通費 
      通常 10万円以上が医療費控除の対象

  医療費控除の特例:セルフメディケーション税制  通常の医療費控除と選択制
  
  セルフメディケーション税制対象医薬品等購入費の合計額から12,000円を差し引いた金額(最高88,000円)
   →医療保険財政の節約のため導入された

 寄付金控除 
   所得控除  寄付金額マイナス2000円=寄付金控除額
   税額控除  政治活動に関する寄附金、認定NPO法人等に対する寄附金及び公益社団法人等に対する寄附金のうち一定のもの


   
注)
自治体への寄附はふるさと納税の対象

C累進税率表の適用
D税額控除の適用
 外国税額控除、配当控除、住宅税額控除


*配偶者控除・配偶者特別控除の消失控除制度

(備考)適用者数は、国税庁「民間給与の実態(平成18年分)」(年末調整を行った1年を通じて勤務した給与所得者(納税者))による。

出所:http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/046.htm


平成22年度改正 年少扶養控除(〜15歳)を廃止  
            高校無償化に伴い 16〜18歳までの扶養控除の上乗せ部分 25万円を廃止
            → 平成23年分から適用(住民税は24年分から)                        
 
給与所得税の計算方法
 給与収入−給与所得控除=給与所得
 給与所得−所得控除=課税所得
      基礎・配偶・特定扶養・社会保険料
      生命保険料、医療費、寄付金等


数値例 給与収入800万円 独身
給与所得   800     −   (800×0.1+110)       =610万円
         給与収入     給与所得控除    

所得控除   48       +120             =168万円
         基礎控除    社会保険料控除

   
課税所得   610− (48          +120)
               基礎控除       社会保険料控除
       =610−168
       =442万円

累進税率表の適用
      195×5%+(330−195)×10%+(442−330)×20%=45.65
      9.75    +  13.5        +22.4          =45.65万円

 所得税負担率   45.65/800=5.71%


 
(2)個人住民税(地方税)の仕組み
 市町村税
 都道府県税
  前年度の所得を課税標準とする所得割と均等割

所得割 市町村民税 6% 道府県民税 4%


県費負担教職員制度の見直し

・ 地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(平成26年法
律第51号)により、県費負担教職員の給与等の負担事務等が都道府県から指定都市へ移譲     
   政令指定都市 市町村民税 8% 道府県民税 2%

参考:政令指定都市とは
地方自治法第252条の19第1項に基づき政令で指定された地方公共団体。
法定人口が50万人以上で、なおかつ政令で指定された市


  均等割は、市町村分については人口によって異なる。
         人口50万人以上 2500円
         人口5−50万人  2000円
           それ以下  1500円
                ↓
          平成16年度改正:人口区分を廃止し、一律3000円に。
 
2014年から10年間は500円だけ増額され3500円だった

  都道府県の均等割りは人口とは関係なく 700円だった。
                ↓
          平成8年度改正  1000円にUP
      
 2014年から10年間は500円だけ増額され1500円だった
 
2024年から均等割 市町村分3000円 都道府県分 1000円
         


令和3年度からの改正
https://www.city.minoh.lg.jp/siminzei/33nendokaisei.html
基礎控除の10万円引き上げ給与所得控除の10万円引き下げなど


p.86 表5−8 政令指定都市を除く住民税の税率表

  政令指定都市 道府県税 2%  市町村 8%
  →政令指定都市への権限移譲にともない税源移譲


第3節 所得課税の課題
(1)課税最低限

p.87 表5−9 所得税の課税最低限の国際比較

近年の税制改正により課税最低限は低下した。



(2)所得控除の見直し

生命保険料・損害保険料控除
政府税制調査会の答申「制度創設の目的は既に達成されており制度の縮小・合理化を図る必要がある」「個人の商品選択の裁量性を重視しつつ業態別・商品別の現行控除制度を改組・一本化すべきである」
 

特定の政策目的で所得控除
 →タックス・エクスペンディチャー(直訳すると租税支出)、隠れた補助金

2006年度改正  損害保険料控除廃止→地震保険料控除新設


2008年度創設  ふるさと納税制度新設

(3)給与所得控除の縮小
1956年(昭和31年)12月の答申
給与所得控除 イ経費の概算控除
          ロ資産所得や事業所得との比較での担税力の低さへの調整
          ハ正確に捕捉されやすいことへの調整
          ニ源泉徴収に伴う早期納税の金利分

1983年(昭和58年)11月の中期答申
  「勤務に伴う費用の概算控除及び給与所得と他の所得との負担の調整」

大島訴訟 サラリーマンの必要経費について
1974年(昭和49年)5月30日京都地裁
イ必要経費の概算控除、ロ給与所得が他の所得に比べて担税力が一般に弱いことへの概算的調整、ハ捕捉率が高いことの調整、ニ早期納税することの調整、という4つの内容を総合したものであり、このうち必要経費の概算控除部分がその主要な地位部分を占めている
1979年(昭和54年)11月7日の大阪高裁判決
「他の所得者との負担の公平を確保するために給与所得控除が設けられているものであるとし、給与所得に特有の極めて政策的な一種の所得控除」
1985年(昭和60年)3月27日の最高裁判決
「給与所得控除には必要経費の概算控除の趣旨が含まれている」「給与所得控除は、勤務に伴って支出する費用を概算的に控除することのほか、給与所得と他の所得との負担調整を図ることを主眼として設けられているものとして理解することが妥当」

1986年の税制調査会
現行の概算的な給与所得控除を、給与所得者の「勤務費用に係わる概算控除」と「他の所得との負担調整に配慮して設けられる特別の控除」とに分解」したうえで、「給与所得者の「勤務費用に係わる概算控除」について、選択により実額控除を認める
                   ↓
             特定支出控除
「勤務費用に係わる概算控除」の部分についてのみ実額控除との選択を認める方針であったのが、給与所得控除全額との選択へ

2011年度税制改正案
@給与所得控除に上限(245万円)を設定する。
A給与収入2,000万円超の法人役員等は、4,000万円に達するまで給与所得控除を段階的に削減し、その後は上限を125万円とする。
B特定支出控除の選択は、給与所得控除の半分について認める。

給与所得控除の性格 「他の所得との負担調整」と「勤務費用の概算控除」に2分するという考え方を復活

2012年度改正 給与所得控除の上限の設定と特定支出控除の選択対象を給与所得控除の半分にするという部分のみが実現(所得税は2013年から実施、個人住民税は2014年から)。

2013年 給与収入1500万円超 上限245万円
2016年 給与収入1200万円超 上限230万円
2017年 給与収入1000万円超 上限220万円

平成30年度改正(令和2年から実施)
給与収入 850万円超 上限195万円
各給与収入階級毎の控除額も減額


(4)課税単位

p94. 表5−10 課税単位の国際比較

日本は 個人単位
アメリカ 個人単位と夫婦単位の選択制
ドイツ  個人単位と夫婦単位(2分2乗)の選択制
フランス 世帯単位  n分n乗

2分2乗
 夫婦の所得を合算してその2分の1に対して累進税率を適用し、さらにその税額を2倍した額を夫婦の納税額とする


n分n乗
 世帯の構成員すべての所得を合算して、構成員の数で分割し、累進税率を適用し、その税額に構成員の数をかけるもの


 
(5)業種間の所得税負担の格差
   クロヨン
        合法的な節税手段の有無
        所得捕捉率格差

実証研究:林宏昭『租税政策の計量分析』日本評論社




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