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世の中にはおもしろい本がたくさんあるのに、学生たちの中には「活字嫌い」を標榜して、読もうとしない人がたくさんいます。貴重な時間をアルバイトと遊びですべて費やしてしまっていいのでしょうか。私が読んでおもしろかったと思う本、一言言いたいと思う本を、随時順不同で紹介していきますので、ぜひ読んでみて下さい。(時々、映画など本以外のものも紹介します。)感想・ご意見は、katagiri@kansai-u.ac.jpまでどうぞ。太字は私が特にお薦めするものです。

<社会派小説>700.森絵都『みかづき』集英社文庫696.古市憲寿『平成くん、さようなら』文芸春秋694.村田沙耶香『コンビニ人間』文春文庫657.野上弥生子『迷路()()』岩波文庫653.高橋和巳『憂鬱なる党派』河出書房620.里見蘭『さよなら、ベイビー』新潮文庫

<人間ドラマ>700.森絵都『みかづき』集英社文庫697.野上弥生子『秀吉と利休』中公文庫694.村田沙耶香『コンビニ人間』文春文庫683.帚木蓬生『空の色紙』新潮文庫657.野上弥生子『迷路(上)(下)』岩波文庫653.高橋和巳『憂鬱なる党派』河出書房625.坂東眞砂子『桜雨』集英社文庫624.井上荒野『不恰好な朝の馬』講談社文庫622.桜木紫乃『氷平線』文春文庫621.笹本稜平『時の渚』文春文庫617.桜木紫乃『硝子の葦』新潮文庫616.真野朋子『夫と妻と女たち』幻冬舎文庫615.吉田修一『平成猿蟹合戦図』朝日文庫605.吉田修一『さよなら渓谷』新潮文庫

<推理サスペンス>692.黒武洋『そして粛清の扉を』新潮文庫684.黒川博行『キャッツアイころがった』創元社推理文庫666.東野圭吾『時生』講談社文庫620.里見蘭『さよなら、ベイビー』新潮文庫618.乾くるみ『クラリネット症候群』徳間文庫617.桜木紫乃『硝子の葦』新潮文庫614.東野圭吾『パラドックス13』講談社文庫612.百田尚樹『プリズム』幻冬舎文庫

<日本と政治を考える本>675.加治将一『討幕の南朝革命 明治天皇すり替え』祥伝社新書655.山田昌弘『悩める日本人 「人生案内」に見る現代社会の姿』ディスカヴァー携書637.坂爪真吾『セックスと超高齢社会 「老後の性」と向き合う』NHK出版新書606.菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書603.青木理『日本会議の正体』平凡社新書

<人物伝>698.高田純次『高田純次のチンケな自伝』産経新聞社697.野上弥生子『秀吉と利休』中公文庫676.藤巻一保『吾輩は天皇なり――熊沢天皇事件』学研新書674.磯田道史『素顔の西郷隆盛』新潮新書672.上之郷利昭『教祖誕生』講談社文庫670.百田尚樹『「黄金のバンタム」を破った男』PHP文芸文庫667.林真理子『女文士』新潮文庫665.林真理子『ミカドの淑女』新潮文庫662.佐藤愛子『血脈(上)(中)(下)』文春文庫646.溝口敦『細木数子 魔女の履歴書』講談社α文庫642.瀬戸内寂聴『諧調は偽りなり 伊藤野枝と大杉栄(上)(下)』岩波書店633.エドワード・ベア(田中昌太郎訳)『ラスト・エンペラー』ハヤカワ文庫632.瀬戸内寂聴『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』岩波現代文庫629.山崎洋子『〔伝説〕になった女たち』講談社文庫628.古川智映子『小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯』潮文庫602.河原敏明『昭和天皇の妹君 謎につつまれた悲劇の皇女』文春文庫

<歴史物・時代物>697.野上弥生子『秀吉と利休』中公文庫689.池宮彰一郎『その日の吉良上野介』新潮文庫682.小田部雄次『華族 近代日本貴族の虚像と実像』中公新書678.浅見雅男『華族誕生 名誉と体面の明治』中公文庫676.藤巻一保『吾輩は天皇なり――熊沢天皇事件』学研新書673.永井博『古写真で見る幕末維新と徳川一族』角川新書641.佐藤進一『日本の歴史9 南北朝の動乱』中公文庫639.呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』中公新書634.水木しげる『総員玉砕せよ!』講談社文庫630.尚古集成館編『島津家おもしろ歴史館』尚古集成館608.貝塚茂樹責任編集『世界の歴史1 古代文明の発見』中公文庫

<青春・若者・ユーモア>696.古市憲寿『平成くん、さようなら』文芸春秋677.南木佳史『医学生』文春文庫611.乃南アサ『ボクの町』新潮文庫

<純文学的小説>696.古市憲寿『平成くん、さようなら』文芸春秋694.村田沙耶香『コンビニ人間』文春文庫652.かわいゆう『さきちゃんの読んだ絵本』新宿書房604.吉田修一『パークライフ』文春文庫

<映画等>695.(映画)ブライアン・シンガー監督『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年・イギリス・アメリカ)693.(映画)是枝裕和監督『三度目の殺人』(2017年・東宝)691.(映画)黒澤明監督『天国と地獄』(1963年・日本)688.(映画)ジャック・ドゥミ監督『ロシュフォールの恋人たち』(1967年・フランス)687.(映画)ジャック・ドゥミ監督『シェルブールの雨傘』(1964年・フランス)686.(映画)アラン・レネ監督『二十四時間の情事』(1959年・フランス・日本合作)685.(映画)国本雅広監督『おにいちゃんのハナビ』(2010年・日本)681.(映画)リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ監督『ズートピア』(2016年・アメリカ)680.(映画)鄭義信監督『焼肉ドラゴン』(2018年・日本)679.(映画)西谷弘監督『昼顔』(2017年・東宝)671.(アニメ映画)新海誠監督『言の葉の庭』(2013年・日本)669.(映画)中村登監督『紀ノ川』(1966年・松竹)668.(映画)ステファン・ルツォヴィツキー監督『ヒットラーの贋札』(2007年・ドイツ/オーストリア)663.(映画)マイケル・グレイシー監督『グレイテスト・ショーマン』(2017年・アメリカ)661.(映画)ロン・ハワード監督『ザ ビートルズ - EIGHT DAYS A WEEK(2016年・イギリス)660.(映画)ライアン・ジョンソン監督『スターウォーズ/最後のジェダイ』(2017年・アメリカ)659.(映画)落合賢監督『太秦ライムライト』(2014年・日本)658.(映画)中野量太監督『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年・「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会)656.(映画)古沢良太脚本・石川淳一監督『エイプリルフールズ』(2015年・東宝)654.(ドキュメンタリー)NHKスペシャル「本土空襲 全記録」(2017年・NHK650.(映画)スティーブン・ダルドリー監督『めぐり合う時間たち』(2002年・アメリカ)649.(映画)ガス・ヴァント・サント監督『誘う女』(1995年・アメリカ)648.(映画)馬志翔監督『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014年・台湾)645.(映画)ベニー・マーシャル監督『プリティ・リーグ』(1992年・アメリカ)644.(映画)市井昌秀監督『箱入り息子の恋』(2013年・日本)643.(映画)小津安二郎監督『麦秋』(1951年・松竹)640.(映画)ピーター・シーガル監督『リベンジ・マッチ』(2013年・アメリカ)638.(映画)デミアン・チャゼル監督『ラ・ラ・ランド』(2016年・アメリカ)635.(TVドラマ)倉本聰脚本『北の国から』(1981〜2002年・フジテレビ)631.(映画)ジョージ・スティーヴンス監督『陽のあたる場所』(1951年・アメリカ)/627.(映画)三浦大輔監督『何者』(2016年・東宝)626.(映画)市川準監督『トキワ荘の青春』(1996年・日本)623.(TVドラマ)柴田岳志演出『夏目漱石の妻(全4回)』(2016年・NHK619.(映画)李相日監督『怒り』(2016年・東宝)613.(映画)庵野秀明監督『シン・ゴジラ』(2016年・東宝)610.(映画)内村光良監督『ボクたちの交換日記』(2013年・日本)609.(映画)クリント・イーストウッド監督『恐怖のメロディ』(1971年・アメリカ)607.(映画)ジョセフ・コシンスキー監督『オブリビオン』(2013年・アメリカ)601.(映画)ダーヴィト・ヴネント監督『帰ってきたヒットラー』(2015年・ドイツ)

<その他>699.古市憲寿『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』光文社新書664.佐藤愛子『佐藤家の人びと――「血脈」と私――』文春文庫651.杉山春『ネグレクト 育児放棄――真奈ちゃんはなぜ死んだか』小学館文庫647.川口則弘『芥川賞物語』文春文庫636.アキ・ロバーツ、竹内洋『アメリカの大学の裏側――「世界最高水準」は危機にあるのか?――』朝日新書

<最新紹介>

700森絵都『みかづき』集英社文庫

 テレビドラマでやっていたのを見て、舞台が千葉県の船橋市、習志野市といった、私になじみの深い場所だったので、これは面白く読めそうだと思って読んでみました。読んでみたら、予想以上に、面白い小説でした。1961年から2008年まで半世紀に近い大河ドラマです。塾を立ち上げた夫婦とその子どもたち、さらには孫の物語です。1960年代から2000年代まで日本の教育制度と教育をめぐる環境は大きく変わってきました。それらの変化を著者はよく勉強して、個々の登場人物に関わらせていきます。ある意味とても社会学的な小説です。時代の変化の中で、人々はそれをどう受け止め、どう変化していくのかという物語で、私が使った物語(「紫陽花」「桜坂」)とも志向性が似ています。章が変わるたびに、67年くらい時間が進んでいるので、一瞬戸惑いますが、半世紀にわたる物語を1冊で納めようとするとこのくらいのペースで進めざるをえないのかもしれません。ちなみに、テレビドラマより、原作小説の方がかなり面白いですので、もしもドラマを見て、もうひとつだなと思う人も、小説の方は楽しめる可能性は十分あると思います。(2019.2.9)

699.古市憲寿『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』光文社新書

 また、古市憲寿の本です。そんなにたくさん読んではいないのですが、前はなんとなく偏見を持っていて読まなかったのですが、最近その偏見が薄れ、むしろ「社会学者」を名乗る若手がどんな発想をもっているのか、少し素直に見てやろうという気分で読んでいます。

 この本は、内容紹介に、「社会学の新たな入門書」と書いていますが、入門書としては使えないです。初学者が読んだら、社会学のイメージがつかめず混乱するだけでしょう。しかし、「社会学とはどんな学問か」をなんとか人に語ろうと思って、本気で10年、20年考えてきた人間なら、興味深く読めます。一見、それぞれ勝手なことを言っているように見えながら、社会学観はかなり共通のイメージで持たれています。ただ、研究者各自の強調点が違うので、その偏差を差し引いて読める力があるかどうかで、この本の価値は変わります。

 学部生にはあまりお勧めではないですが、個人的には結構面白かったので、ここにも紹介をしておきます。興味がある人は、とりあえず「社会学を考える」第34章を読んでみてください。(2019.2.3)

698.高田純次『高田純次のチンケな自伝』産経新聞社

 高田純次というタレントさんは、1980年代に入った頃からテレビに出始め、これといった特別な才能も感じさせないにもかかわらず、ずっとテレビに出続け、適当なことばかり言っているだけなのに好感度は高く、70歳を超えた今も楽しそうに生きています。あのテレビで見せている姿は虚像なのか、実像なのか、実像だとしたら、どういう考え方や価値観をもつと、あんな風に生きられるのか、妙に気になって、わざわざこの本を買って読んでみました。

 ちゃかしながらも結構まじめに語っており、彼の人生がどんな人生だったかがわかりました。「テキトー男」と称される高田純次ですが、やはりかなりテレビ局の期待に応えて演じている部分は多いようです。ただ、台本などはほぼない仕事ばかりしているようですから、その場で当意即妙にテキトーなことが言えるのは、彼の頭の回転がいいことと、明るく楽しむことが好きだという性格が作用しているのだと思いました。

 実の母親を知らずに育ったり、小中学校では優等生だったのに、高校受験や大学受験では結果を出せなかったこと、その後も自分の思う通りにならないことにもいくつも出くわしながら、悲観的にならず、与えられた場で楽しみを見出しす生き方をしてきたようです。高校時代も友人は多かったようですし、会社員時代は上司に好かれ、演劇仲間(東京乾電池)からは一緒に演劇をやらないかと何度も誘われ、彼には人を引き付ける魅力があるんでしょうね。ラッキーなこともいろいろあったのかもしれませんが、結局は、彼が明るく前向きな人間であること、それが時代が変わっても彼を生き残らせてきた原因なんだろうなと思いました。家族に対する責任感もしっかり持っているようです。ただ、浮気もしてきたようですし、安定していた会社員を急にやめてしまって演劇を始めると言ったり、また売れるようになってからはテレビでは恥ずかしいような姿も見せてきた高田純次ですので、それらすべてを受け入れて許してくれている奥さんの懐の深さも、彼の成功の一因だと思います。この著書の中にも、奥さんには「ありがとう」だけでは足りず、「ごめんね。ありがとう」と言わなければならないと書いています。

高田純次の成功は、いつの時代でも必要とされ、誰からも好かれる明るく前向きな人物であったこと、「内助の功」とでも呼べるような良きパートナーを持ったことにあるというのが、私がこの本から得た結論です。(2018.1.18)

697.野上弥生子『秀吉と利休』中公文庫

 野上弥生子の作品はどれも読み応えがありますが、これもやはり十分に期待に応えるものです。千利休と豊臣秀吉という歴史上の著名人物を取り上げつつも、歴史小説というよりは人間ドラマとして読める小説です。文庫本で450頁近い厚い本ですが、扱われる時期はわずか2年ほどです。この点から見ても、著者が描きたかったのは、歴史小説ではなく人間関係とそこに生じる複雑な心理だったことはわかります。絶対的権力者と世知に長けた芸術家の関係はもちろんですが、高名な芸術家の家族や弟子たちの人生選択や、権力を確固たるものにせんとする官僚的な部下たちの選択など、現代に置き換えても読めそうなテーマがふんだんに盛り込まれています。

 この小説を著者が執筆し始めたのは喜寿(77歳)を超えてからだそうです。すばらしいです。70歳代後半になって、この小説を書き上げるパワーには脱帽します。(2019.1.12)

696.古市憲寿『平成くん、さようなら』文芸春秋

 今一番マスコミで売れている若手社会学者・古市憲寿が初めて書いた小説で、芥川賞の候補作にもなっている作品です。そうした評判だけなら、買って読もうとまで思わなかったのですが、平成が始まった日に生まれた青年が平成が終わるとともに人生を終えようとするストーリーだと知り、これはちょっと興味深いなと思い、珍しく単行本を買って読むことにしました。

 読み終わった感想をまず一言で述べるなら、「古市君、やるなあ。才能あるよ」ということです。読み始める前は、社会学者っぽく、平成の様々な出来事とストーリーを絡めているのではないかと想像していました。しかし、そういうありきたりな発想は取らず、死ぬこと、特に安楽死について考えさせるテーマにしているところが、よいセンスだと思いました。現実の日本社会に存在するものやことがそのままの固有名詞で出てくるので、まるで現実世界そのものを描いているように思わせますが、安楽死を認める法律が通っている日本社会での話になっており、ちょっとしたパラレルワールドです。安楽死を認めるべきかどうかというのは、実は現代日本社会が本気で考えなければならないテーマです。この小説の世界では、すでに認められた日本社会になっていますので、そうなるとこんなことが起きるよというのをわかりやすい形で見せてくれています。このあたりは、社会学者としての視点をうまく取り込んでいると思います。

 主人公は一人語りをしている女性と考えるべきかもしれませんが、彼女の役割はナレーター兼、同棲しているこの青年の考え方をどう受け止められるかという一般人代表という形式になっていますので、やはり青年を主人公と見た方がいいと思います。この青年は、「特ダネ」のコメンテーターをやっていたりする若手社会学者ということなので、著者が実質的なモデルになっているのは明らかです。キスやセックスを好まないなど、日頃著者がテレビ等で言っていることと同じことを、物語の中の青年も言います。年齢が少しだけ著者よりは若いですが、設定上仕方がないことでしょう。いずれにしろ、著者と青年を重ねることでより興味を持たせることに成功していると言えるでしょう。

 終わらせ方をどうするのかなと思いながら読んでいましたが、非常に巧みな終わらせ方をしていて、ここでも感心しました。最後の12頁はなるほどそういうことかともう一度確認したくなる巧みさでした。時代を表すものやことがたくさん出てきて、1980年に発表された田中康夫の『なんとなく、クリスタル』を彷彿とさせますが、小説としては、古市の『平成くん、さよなら』の方が良い出来です。これは賞をもらってもおかしくない作品だと思いました。(2019.1.11)

695.(映画)ブライアン・シンガー監督『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年・イギリス・アメリカ)

 今、大評判のクイーンのボーカル・フレディー・マーキュリーの生涯を描いた作品です。この映画が始まると聞いた時から見たいと思っていましたが、予想通り面白かったです。私はクイーンの音楽は聴けば知っているという程度でファンというわけではなかったですが、フレディー・マーキュリーのパワフルな歌声は人を引き付ける力があります。この映画を観て、改めてクイーンの歌を聞きたくなって、家に帰ってきて2時間くらいYOUTUBE2時間くらい聞いてしまいました(笑)しみじみ名曲ばかりだなと思いました。

 クイーンというかフレディー・マーキューリーは、この映画でもわかりますが、大きく変貌しています。私が初めて知った頃は、ビジュアルバンドのひとつという認識でしたが、後半のクイーンの活動の中では、フレディーは髭を生やした短髪のボーカルとなっていて、そのあたりの事情をよく知らないままでいたので、なるほどこんな人生だったんだと納得行きました。

 それにしても、最後の「ライブ・エイド」のシーンは圧巻です。思わず一緒に歌いたくなります。そういう会場を設けているのもそうだろうなと思います。ちなみに、後でYOUTUBEで確認したら、動きや表情のひとつひとつ、完璧なまでに再現できています。すばらしい映画でした。(2018.12.6)

694.村田沙耶香『コンビニ人間』文春文庫

 二カ月ほど前にこの作家が『朝日新聞』でインタビューを受けている記事を読み衝撃を受けたので、芥川賞を取ったこの作品を読んでみようと思いました。「普通の人間」「普通の生き方」って何だろうということを考えさせる小説で、まさに現代に生まれるべくして生まれた小説だと思いました。

この小説を読んで「普通なんてない」「勝手に『普通』を押し付けるな」と思うのは簡単ですが、個人ではなく社会という視点から見た場合、それでいいんだとは簡単に言いにくい気がします。「普通」というのは、生き方のスタンダードのようなもので、それが社会にそれなりに存在することで、親も子育ての方針がある程度決められ、子どもも自分で判断できるようになってからは目標設定を定めることができ、日々不安に囚われることもなく生きられるようになっています。

もちろんこの「普通」というのが普遍的なものではなく、時代や場所や年齢が異なれば異なるものになることは当然です。社会学で「常識を疑ってみよう」というのは、まさにこういう「普通」がなぜ「普通」と思われているのかを探り出すために必要だからです。そういう意味で、この小説はまさに「常識を疑わせる」小説で、社会学的発想をもったものと言えるかもしれません。

ただし、社会学で常識を疑ってみようというのは、その「常識=普通」を成り立たせている社会のあり方を明らかにするためであって、常識に従わない生き方を推奨するためではありません。場合によっては、その「普通」がなぜこの社会で必要かをきちんと理解することによって、その「普通」に従って生きることを積極的に受け入れるという選択をさせる可能性は十分あります。

この作品は小説ですので、「普通」がなぜ成立しているかについて何も触れていなくても一向に構わないのですが、この小説を読んだ多くの人が、「そうだよね。『普通』なんてないんだし、もともとない『普通の生き方』などする必要はないんだ」と思ってしまうなら、社会にとっては潜在的逆機能を果たすことになりそうです。

どの社会にも多くの人が受け入れやすい「普通」は存在します。そして、多くの人がその「普通の生き方」を選択してくれることで、社会は存続できるように作られています。もしもどうしてもその「普通の生き方」が受け入れられない人がいたら、それはそれで認めてあげないといけないですが、あくまでもそういう人たちが少数派であってもらわないと、社会は存続できなくなります。社会の大多数の成員が「普通」を否定し、「普通の生き方」を拒否するようになったら、社会は大混乱に陥ることになるでしょう。

この小説の主人公が「コンビニ人間」になってしまうのも、社会にそれなりに存在する「普通の生き方」というマニュアルを受け入れられず、かと言って、自分でオリジナルに「生き方マニュアル」を作れなかったため、行動マニュアルが非常にきちんとできているコンビニで働き、生活のほとんどをコンビニで過ごすことで、「コンビニ人間」という「生き方マニュアル」に従って初めて生きられるようになっているからです。人には何らかの「生き方マニュアル」が必要ですが、自分で完全にオリジナルな「生き方マニュアル」など作ることはできません。親や先輩や友人や世間の人たち、さらには様々なメディアで知った人の生き方などを知ることで、自分の「生き方マニュアル」を作っています。

そしてそれらを自分なりに分析して統合しマニュアルを作るのは容易ではないので、多くの人にとっては、リスクの少ない「普通の生き方」というスタンダード・マニュアルがあってくれた方が生きやすいのです。そうした「普通の生き方マニュアル」を受け入れにくい人も、その人なりの「生き方マニュアル」を必要としています。この主人公の場合は、それが「コンビニの行動マニュアル」だったということです、ただし、コンビニの行動マニュアルは、コンビニ外での行動までは指示してくれませんので、その部分に関しては、この主人公は自分なりの生き方マニュアルを見つけられず、結局なるべく他者と関わらずに生きようとするしかないということなのでしょう。

読者が「この主人公に共感した」「普通なんてない」というだけの感想で終わらせずに、このあたりまで考えてくれるとよいのですが、、、 (2018.10.28)

693.(映画)是枝裕和監督『三度目の殺人』(2017年・東宝)

 今や日本映画界を代表する監督が、福山雅治、役所広司、広瀬すずといったスターを集めて作った映画ですが、率直に言ってまったく面白くなかったです。福山雅治の演技が下手のは仕方がないとしても、この思わせぶりで最後まで明確に事実を示さず、見た人の捉え方に任せるというのは意図的にやっているのはわかりますが、こういうタイプの映画は嫌いです。まるで、最後まで伏線だけ読ませられた推理小説みたいなものです。「三度目の殺人」というタイトルの意味も最後までちゃんと説明されません。いまだに、なぜ「三度目?」と思っています。刑務所の面会室で福山雅治と役所広司が会話をする場面が多く、ものすごいアップで、遮蔽板に映る顔などを意識して撮っていますが、まったく良い映像になっているとは思いません。

 どうも是枝作品には惹かれません。『万引家族』も見ていません。ただ、評価の高い監督の作品と言われるので、一応テレビで放映されたら録画して見てみるのですが、やっぱり駄目ですね。ちょっとわかりにくいところを残した方が余韻が残っていいというような考え方が映画通にはあるのでしょうか。私は、映画にも小説にも、最後はきちんと納得する結論を求めるタイプなので、そういう作品は駄目ですね。(2018.10.20)

692.黒武洋『そして粛清の扉を』新潮文庫

 第1回ホラーサスペンス大賞を取った作品と書いてあったので、それなりに読めるかなと思い、知らない作家でしたが、読んでみました。ホラーサスペンスといえるのかどうかよくわかりませんが、なかなか衝撃的な作品です。たった1人の愛娘が暴走族の乱暴な運転の結果命を落としたことをきっかけに、中年の女性教師が問題のある生徒ばかりの教室に立てこもり、次々に生徒を殺していくという話です。

 愛する子どもを殺した加害者が未成年で厳罰を受けないために、その親が私的制裁を加える物語はかなりあると思いますが、この小説の主人公の女性教師は、娘を死に追いやった犯人たちだけでなく、悪辣な行動を数々してきた、自分の勤める私立高校の生徒たちをも抹殺していくことにためらいがありません。ちょっと珍しい話です。

 リアリティはないです。1人の中年女性教師が24時間もトイレにも行かず眠りもせず、生徒たちを支配し続けるなどということはありえないと思います。途中から、この物語はどういう終わらせ方をするのだろうと気になっていましたが、まあやっぱりこんな感じかなという印象でした。(2018.10.12)

691.(映画)黒澤明監督『天国と地獄』(1963年・日本)

 黒澤明の有名な映画ですが、貧しい青年医師が自分のアパートから見える高級住宅に住む会社重役の子どもを誘拐するストーリーということだけは知っていたのですが、今回初めて見ました。見たら、知っていると思っていたストーリーは少し違っていました。誘拐されるのは、重役の子どもではなく、その運転手の子どもが間違って誘拐されるという話で、またそこに会社の実権争いの話も絡んでいたり、他の殺人事件も発生したりして、想像していたよりかなり複雑なストーリーになっていました。

 ただ、面白いか、よく出来ているかというと首をかしげざるをえません。1963年という半世紀以上前の映画なので、この程度のストーリーでも許されたのかなと思いますが、今の視点から見ると、不自然なところが多すぎて、物語にはまれません。会社内の実権争いに関わる人間たちの底の浅い人物造形、犯人たる青年医師が、こんな事件を起こすほど追い詰められている立場にあるとは思えないこと、主役の三船敏郎の人物造形もなんか中途半端な感じです。ラストシーンもよくわかりません。結局、黒澤明は何を描きたかったのか、正直言って私にはよくつかめませんでした。(2018.10.12)

690.沢木耕太郎『壇』新潮文庫

 奇妙な本です。『火宅の人』で有名な檀一雄の妻の一人称で語られる檀一雄についての伝記ですが、書いているのは、本人ではなく、本人から話を聞いた沢木耕太郎という作家です。『火宅の人』が私小説で、それが事実とどこは同じで、どこは異なるのかを妻の立場で語らせているわけですが、この本に書かれていることは事実なのか、それとも檀一雄の妻を主人公にした小説なのかよくわかりません。書き方からすると、妻に代わって事実を書いたようにも読めるのですが、事実だとしたら、こんな風に書かれることに、本人は、疑問は持たなかったのかなと不思議な気持ちになります。通常よくある伝記のパターンは、三人称で書かれる形です。ノンフィクションで一人称ならは、書き手は本人に決まっています。小説なら、本人ではない作家が一人称を利用することもありますが、こんなノンフィクション風で一人称なのに本人が書いていないというのが非常に奇妙な感じを与えます。

 檀一雄について語るという装いを取りつつも、これは妻の壇ヨソ子という人物について語られた伝記です。そして夫婦愛の物語になっています。愛人を作り、そのことを赤裸々に『火宅の人』という小説で晒されながら、檀一雄という夫を憎みきれず、むしろ愛情を持ち続けた一人の女性の物語です。今の時代では、こんな妻はありえないと言われてしまいそうですが、この世代では似たような妻はかなりいただろうなと思わされます。私小説を書いてスポットライトを浴びる作家の妻がどういう思いでいたかがわかるという点ではなかなか興味深い本でした。(2018.10.8)

689.池宮彰一郎『その日の吉良上野介』新潮文庫

 この人の忠臣蔵ものは面白いです。5つの短編集ですが、一般に知られている忠臣蔵ものとは違う視点で見せてくれて、確かに本当はこうだったのかもしれないと思わされます。映画等では純粋な2枚目が演じることが多く爽やかな印象の浅野内匠頭が実は癇癪持ちで、家来に対する態度も好き嫌いが多かったとか、吉良上野介は浅野内匠頭をいじめたりはしておらず、かなりの部分が浅野内匠頭の誤解だったとか、読んでいると、そうなのかもしれないと思わされます。好きだった三谷幸喜脚本の大河ドラマ「新選組」で、メインの登場人物以外に焦点を当て面白いドラマを作り上げていましたが、この小説もそういう感じです。一般によく知られた物語の場合、こういうサイドストーリー的な物語を上手に作ると、書かれていない部分も含めて想像が広がり楽しめます。上手な作家です。(2018.9.23)

688.(映画)ジャック・ドゥミ監督『ロシュフォールの恋人たち』(1967年・フランス)

687.(映画)ジャック・ドゥミ監督『シェルブールの雨傘』(1964年・フランス)

 同じ監督、同じ主演女優(カトリーヌ・ドヌーブ)によるミュージカル映画なので、まとめて取り上げます。「シェルブールの雨傘」の方は主題曲が有名で若い時からよく知っていたのですが、実は映画を観たのは今回が初めてでした。すべてのセリフがメロディーに乗せて語られる作品で、ミュージカル嫌いの人が一番馬鹿にするタイプの映画です。私はミュージカルは嫌いではないですが、確かにこんなに無理やりメロディーに乗せてセリフを喋るのはおかしいよなあと初めのうちは気になっていましたが、途中から慣れて気にならなくなりました。逆に言うと、ミュージカル映画としては見なくなったということで、ミュージカル映画の意味はあまりない気がしました。ストーリーは、若い娘が恋をし、妊娠して子どもも生みますが、恋人は兵役に取られていて、帰ってきたときには娘は別の男性と結婚しています。荒れた生活になった男性は別の娘と結婚し、新たな生活を築きます。最後に、もともと恋人だった2人が再開しますが、何も起きずに2人は別れます。

 次に「ロシュフォールの恋人たち」ですが、こちらはミュージカル映画としては大分進歩しています。歌以上に、ダンスが多く取り入れられ、ミュージカル映画らしくなっています。ストーリーは、カトリーヌ・ドヌーブと実姉のフランソワーズ・ドルレアックが演じる双子の姉妹を中心としながら、様々な恋模様が描かれます。話自体は、非常に単純です。私が一番驚いたのは、カトリーヌ・ドヌーブに女優になっていた実の姉がいたことです。姉妹だから当然よく似ていますが、やはりドヌーブの方がより綺麗です。それにしても、なぜこの女優を知らなかったのだろうと思い、調べてみたら、この映画が公開された1967年に交通事故で25歳の若さで亡くなっていました。それで知らなかったんだと納得しました。(2018.9.20)

686.(映画)アラン・レネ監督『二十四時間の情事』(1959年・フランス・日本合作)

 フランス語のタイトルだと、「ヒロシマ、わが愛」になるようですが、どっちもぴったりじゃないような気がします。しいて言えば、やはりフランス語タイトルの方がましかなという感じですが。結局最後まで見ても、何が言いたいのかわからないフランス映画にしばしばある「哲学的?」映画なので、とりあえず「情事」という言葉で、大衆を誘って映画館に入れようと配給会社は考えたのでしょう。

 さて、内容は1958(昭和33)年に撮影のためにやってきたフランスの女優が、フランス語のできる二枚目男性と出会い、1日半――24時間ではないです――ほどを抱き合ったり語り合ったり見つめあったりして過ごすという映画です。語るのは主としてフランスの女性です。最初は、広島の原爆資料館の中が紹介されたり、記録フィルムが使われたりして、広島の話をある程度しますが、「君は広島を見えてないよ」「いえ、私は見たわ」と不毛の会話をベッドでしているだけです。一体、何をもって見てないというのか全然わかりません。

 中盤以降は、彼女の第2次世界大戦中のドイツ人兵士との恋とその結果としての戦後の迫害の話になります。これも、なぜこの話を出会ったばかりの日本人の男に話したくなったのかもさっぱりわかりません。そもそも、彼女はんぜこの日本人の男にここまで惹かれるのかもまったくわかりません。

終わり方も、帰国すると言っていたのに、帰国することになったのか広島に留まることになったのかわからないまま終わります。観客に解釈の自由を残すというのが、この監督の狙いなのかもしれませんが、好きじゃないですね、こういう映画は。

 きちんと最後には、「なるほど、そうだったのか」と思わせてほしいです。テレビで観たからいいですが、映画館なら「金返せ」と言いたくなる映画でした。(2018.9.18)

685.(映画)国本雅広監督『おにいちゃんのハナビ』(2010年・日本)

 白血病におかされた妹が引きこもりになっていた兄を励まし立ち直らせようとするが、その途中で妹は亡くなり、そのショックで再び引きこもりそうになった兄だが、妹が亡くなった後に届くようにしておいた動画メールを受け取り、再び妹のためにがんばろうと立ち直っていくという、お涙頂戴のベタなストーリーです。ただし、実話に基づいているということと、新潟県小千谷市片貝町の花火大会がうまく絡められていることで、感動は得られます。私も実際何度か涙しました(笑)

 最近無駄に増えている花火大会に批判的な私ですが、歴史があり、打ち上げられる花火に思いが込められているなら、やはりそれは感動します。花火師の全面協力もあったのでしょうが、ストーリーに合わせた花火がちゃんと作られていて、ただの映画の観客なのに、その花火大会の場所にいて、実際一緒に見ているような気分を味わいました。映画を観た人の評価も非常に高いようですが、たぶん、みなさん私と同じような気持ちになったのではないかと思います。(2018.9.11)

684.黒川博行『キャッツアイころがった』創元社推理文庫

 サントリーミステリー大賞をもらった小説というので、多少読み応えがあるかなと思いましたが、軽いマンガのようなストーリーでした。そう言えば、以前にもサントリーミステリー大賞のものを読んだ時に、こんなので大賞かと思ったことがあった気がします。でも、ここに記録でもしておかないと読んだことも忘れてしまいそうなので、書いておきます。

 キャッツアイという宝石を飲み込んだ身元不明の死体が琵琶湖に浮かぶというところから始まり、その後も京都で美大の学生が、大阪では日雇い労働者が、口にキャッツアイを含んだ状態の死体として発見され、そのなぞ解きを、死んだ美大生の後輩女子学生がインドまで行き、探偵のように解いていくというストーリーです。これだけ紹介しただけで、やっぱり荒唐無稽の小説だなと改めて思います。最後の謎解きも何ひとつ「えっ、そうだったのか」と思わされることがなく、かつすごく簡単に謎が解かれます。どうも社会派ではない推理小説は、ただの遊びのために書かれたものという感じがして、今の私には馬鹿馬鹿しく思えてしまいます。

 この作家は『後妻業の女』で話題になった人で、その小説は社会派なのかなと思ったので、少し興味を持っていたのですが、この小説を読んだら、そちらも読まなくていいかなという気持ちになってしまいました。(2018.8.31)

683.帚木蓬生『空の色紙』新潮文庫

 久しぶりにこの作家の作品を読みました。この作家が初期の頃に書いた中編3編が収録された医学関連小説です。おそらく、自分自身が社会人を2年でやめ、九州大学の医学部に通っていた際にモデルとなる人物や事件と出会い、それを脚色して描いた小説でしょう。医学に関する専門用語がかなり出てきますが、それはあまりストーリーとは深い関係になく、ある種の情景描写のようなものです。むしろ、医学以外の要素、特攻隊となって戦死した兄の妻と再婚したことや、大学紛争などの方が重要で、ストーリーを形作っています。特に、大学紛争時代の医学部生たちの生き方などはリアルで興味深く読めます。幾分生硬な感じがしますが、それなりに読める小説です。(2018.8.20

682.小田部雄次『華族 近代日本貴族の虚像と実像』中公新書

 日本の華族の通史として優れた本です。華族の誕生から崩壊まで丁寧に追い、かつ個々の人物についての話や、人間関係のエピソードも多く含み、読みやすい本になっています。「あとがき」で著者も言っていますが、近代日本社会において大きな役割を果たしていた「華族」についてはもっと関心がもたれるべきだと思います。読んでいたら、個別に名前を知っていた人も実は華族だったり、華族の出身だったりすることに気づかされました。

 あと最後にそうだったのかと初めて知ったのは、華族をなくしたのは、GHQではなく、日本の政党人たちだったということです。GHQの憲法草案では 一代限りの称号として維持するとなっていたそうです。しかし、戦前に軍部にすり寄って政党政治を潰していった華族に対する恨みのあった政党政治家たちが、華族廃止を積極的に訴えて制度としてなくしたそうです。ただし、華族にとってよりダメージを与えたのは、GHQが音頭を取って194611月に交付された財産税の方だったでしょう。1500万円以上の財産を持つものにはその90%を税として納めさせるという信じられない高率の税です。いかに戦後すぐのGHQが平等化を推進したかがわかる話です。ちなみに、この時多くの華族所有の建物とかが物納されたので、今我々はそれを見学できたりするのでしょう。面白く、かつ勉強になる本でした。(2018.7.28)

681.(映画)リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ監督『ズートピア』(2016年・アメリカ)

 久しぶりにアニメ映画を観ました。劇場公開の時に評判がいいのは聞いていましたが、確かになかなか面白かったです。肉食動物と草食動物が仲良く暮らせる動物たちの理想郷「ズートピア」というのは、なかなか深いです。そして、ストーリーもその2種類の動物のイメージを巧みに利用しており、最後の方まで「おおっ、そういう展開にもっていくのか」と予想外のストーリーに満足感を覚えました。さすがディズニーは伊達に資金を使ってないですね。『アナと雪の女王』も『ベイマックス』もかなり面白かったですし、ディズニー映画は高評価です。

 「先生、ディズニー嫌いじゃなかったんですか?」とか言われそうですが、映画は別に否定していません。大学生あるいは社会人になっても「ディズニーランドが最高!」とか言っているのは子どもから脱却できていないということだよと否定的に言っているだけです。映画はアニメでもストーリーがしっかりしていれば、大人の鑑賞に堪えるものはあると思っています。この映画はそんな一本でした。(2018.7.24)

680.(映画)鄭義信監督『焼肉ドラゴン』(2018年・日本)

久しぶりに映画館で泣きました。予告編を見た限りではドタバタコメディのような作品かなと思っていたのですが、どうしてどうして、笑いあり、涙あり、かつ社会性もあるという優れた作品に仕上がっています。

最後の出演者紹介の登場順で言うと、真木よう子が主役の扱いでしたが、この映画の主役は在日のアボジとオモニです。2人の存在感が圧倒的です。喜怒哀楽、すべて、演技とは思えない迫真の演技です。ラストシーンは、この映画がこの2人の映画だったことがわかる名シーンです。

真木よう子、井上真央、桜庭ななみの3姉妹も、これまでの役柄とは違う感じでいい演技をしていました。強いてツッコミを入れれば、あのアボジとオモニの血を受けてこんな美人姉妹はできないだろうというくらいですが笑 まあそれぞれ片親は違うという設定なので、血の繋がった母親や父親が美人、美男子だったと思うことにします(笑)

大泉洋もいつもよりは抑えめの演技で邪魔していませんでした。タレントとしては好きな人ですが、個性が強すぎて、何をやっても大泉洋になってしまうのが玉に瑕だと思っていたのですが、この映画ではまあまあでした。

在日庶民の視点から描いた社会派映画という面も持っています。日韓併合時代の負の歴史、帰国をめざしながら、思いが叶わず、日本で暮らさざるを得なくなった人々。済州島事件で韓国を出て日本にやってきた人々、北への帰国か、韓国への帰国か、日本で暮らすか、悩む人々。在日への日本人の差別。様々なことを笑いながら、泣きながら、考えさせてくれるよい映画です。お勧めです。(2018.7.1)

679.(映画)西谷弘監督『昼顔』(2017年・東宝)

 テレビで放映していたので録画して見てみました。連続ドラマは一応見ていたので、その続きとして内容は理解できました。あまり期待していなかったのですが、まるで韓国ドラマのような展開でちょっと面白かったです。最後の方で、妻の伊藤歩が質問する「あの人のどこがいいの?」というのが私も思っていた疑問でした。斎藤工の答えも「わからない」でした。まあでも、論理的な物語じゃないし、男と女が惹かれあうのに理路整然とした理由は必要ないというスタンスの物語なんでしょうね。見終わって時間を損したとは思わない程度には楽しめました。(2018.6.29)

678.浅見雅男『華族誕生 名誉と体面の明治』中公文庫

 明治天皇への興味から芋づる式で、華族に興味が移り、華族について読みやすく書かれたこの本をまずは読んでみました。誰が華族になったのか、そしてその爵位はどう決まったのか、また不満を持った人がいかにして爵位を上げる運動をしていったかなどが詳しく紹介されています。華族制度に関する基本知識が得られる本です。(2018.6.29)

677.南木佳史『医学生』文春文庫

 知らない作家でしたが、なんとなく読みやすそうかなと思い、読んでみました。医師が小説家もやっているというしばしばあるパターンで、この小説は自分自身の医学生時代の経験や思いをベースに書かれたものです。「永遠の青春小説」と銘打ってありましたが、まあそれほどの青春小説感もなかったですが、予想通り読みやすくはありました。可もなし不可もなしという程度の小説ですが。ただ、医学生というのがどういう学びをしているのかがわかったのと、実質的に安楽死に近いような処置が普通に行われているということがさらりと書いてあるのは、新情報でした。特に後者は「本当なのだろうか」と気になりました。ただ、この著者が嘘を書いている気もしないので、末期がんの患者に痛みを取る目的で実質的に死に至るようなモルヒネが投与されているということは、ターミナル医療の現場ではあるのではないかという気がしました。

 この小説は、盛り上がりもなく、よい出来のものだとは思えませんが、調べてみたら、名作映画「阿弥陀堂だより」の原作となった小説を書いている作家だと知りました。ということは、もう少しよい作品もあるのかもしれません。機会があったら、読んでみたいと思います。(2018.5.12)

676.藤巻一保『吾輩は天皇なり――熊沢天皇事件』学研新書

 前回紹介した『討幕の南朝革命 明治天皇すり替え』からの関連でこの本を知り、読んでみました。戦後すぐ熊沢寛道という人物が、自分は南朝の子孫であり、正当な皇統であると唱えた「熊沢天皇事件」のことは、若い人は知らないでしょうね。かく言う私もそういう人物がいたということくらいしか知らなかったので、その詳しい経緯がこの本には書かれていそうだったので読んでみることにしました。読みはじめたら、知らないことが多く、興味深く一気に読んでしまいました。熊沢寛道という人物は、戦後すぐのドタバタの時期に出てきた山師のような人物なのだろうと勝手に思っていましたが、それほど単純ではないようです。大きくニュースで取り上げられた時期は短いようですが、本人は本気で正統な皇統であると思って活動を続けており、昭和41年に亡くなるまで、立場を変えていません。昭和26年には、昭和天皇を正統ではない北朝の子孫であり、天皇としては不適格であると裁判で確認を訴えることまでしています。(裁判所は、こういう問題に関して結論を出すことはできないと門前払いにしています。)彼が南朝の子孫かどうかは結局はっきりしないのですが、義父の大然が明治時代から自分が南朝の子孫で正統な天皇であると主張し、それを明治国家も否定もせず、大逆罪に問うこともしなかったことを考えると、単なる1人の変わり者の話ではなく、それなりの根拠があると考えた方がよさそうに思います。しかし、戦後になって様々な活動をした「熊沢天皇」は結局多くの支持者を得られず、現天皇家の立場が揺らぐことはなかったわけです。

 南北朝正閏論争で明治天皇が南朝が正統であると裁断を下していたにもかかわらず、南朝の子孫を名乗る「熊沢天皇」が支持されず、北朝の子孫とされる「昭和天皇」が支持され続けたのは、国民にとっては難しいことはどうでもよく、すでに天皇として存在している人を否定するなどという発想は持てなかったからということなのでしょうが、675で紹介したように、実は明治天皇自身が南朝の子孫であった大室家の人間だったということになれば、別の南朝の子孫を立てる必要もないということになります。熊沢大然は明治時代から自分が南朝の子孫だと主張し、維新の元勲たちが仕切っていた明治政府がそれを認識しながら放置できていたのは、明治天皇自身が南朝の子孫であり、正統性において引け目を感じる必要はなかったと考えた方が納得いく気もします。華族制度を作った際には、南朝方の忠臣だった、菊池氏、新田氏、名和氏などの子孫をわざわざ探して、爵位を与えるくらい南朝びいきの政策を打ち出しています。それでも、南朝の子孫「熊沢一族」が優位に立てなかったのは、やはり明治維新の際に北朝から南朝に天皇が変わっていたという説に立った方がより説得力を持ってくる気がします。(2018.5,2)

675.加治将一『討幕の南朝革命 明治天皇すり替え』祥伝社新書

 明治天皇が「大室寅之祐」という長州田布施の青年にすり替わっているのではないかということを主張する書籍です。この明治天皇すり替え説は、昭和初期から密かに囁かれており、ネットなどで調べるとすぐにいろいろ情報が出てきます。この著者もすり替え説に立って、この本を書いています。

 幕末維新の志士たちが勢ぞろいしているフルベッキ親子を中心とした写真を鍵として、明治天皇すり替え説を主張します。また、明治政府が南朝を正統として認めていることも重要な根拠としてあげます。確かに、そう言われるとそうかなという気もしてきます。

 この本を読む以前から、私も「すり替え説」の方が有力かもしれないと思っているのは、数少ない明治天皇の写真を見る限り、京都のお公家さんたちの中では生まれにくいような骨太の顔をしていること、また宮中文化では身につかないような乗馬や相撲が得意なことなどが、「すり替え説」を取ればあっさりと納得がいくからです。

 公武合体を唱えていて討幕に突き進んでいた薩長にとって目の上のたん瘤だった孝明天皇が暗殺されたという説はかなり多くの人が信じる説得力をもつ主張ですが、であれば、その息子である睦仁皇太子も抹殺して、自分たちにとって都合の良い南朝の子孫に皇位を継がせたというのは可能性としては十分ありうる気がします。まあでも、公的には孝明天皇の息子であった睦仁親王が明治天皇として即位したという歴史的事実がくつがえることはないでしょう。(2018.4.26)

674.磯田道史『素顔の西郷隆盛』新潮新書

 西郷隆盛と言えば、明治維新でもっとも有名な人物ですが、よく考えてみると、その人生を詳しく知っているかというとそうでもないので、大河ドラマに合わせて出版されたこの本を読んでみました。読み終わって思ったことは、西郷という人物は私欲がなく、体も大きく、ここぞという時の度胸もあり、確かに多くの人から慕われる人物なのでしょうが、私はもしも同時代を生きていたら、苦手なタイプだったろうなと思います。あまりち密な計算をせずに、死地に飛び込み行き当たりばったりで問題解決を図るというのは、私は上司として仕えたくないタイプです。西南戦争で西郷は亡くなるわけですが、西南戦争が起きていなくても、西郷は政治的、社会的には消えざるをえなかったと思います。私欲にまみれたとはいえ、のちに元老となっていく明治の政治家たちこそ、やはり時代が必要とした人物だったのだと思います。伊藤博文(No.572参照)や山形有朋(NO.286参照)についての伝記を読んだ時には、その政治家としての生き方を再評価せねばと思いましたが、西郷隆盛に関しては、肯定的な意味での再評価をする気持ちにはなれませんでした。老齢まで生きることのできなかった維新の人物たちは、その死が不慮のものであればあるほど、評価が上がるという傾向があるように思います。イメージに騙されずに冷静に人物伝を味わいたいものです。(2018.4.21)

673.永井博『古写真で見る幕末維新と徳川一族』角川新書

 写真が半分くらいを占める本です。最後の将軍・徳川慶喜が写真好きで、たくさん写真を撮っていたのは知っていましたが、この本は慶喜の写真だけでなく、様々な徳川家の人々の写真が載っています。まず印象的なのは女性が美人ばかりだということです。幕末から明治にかけての時代は、このレベルの男性たちは、美しい女性を妻や側室に持てる時代だったせいか、妻も娘も非常に綺麗です。そして、その女性陣がまた華族の妻となり、子を産み、その子が高い教育を受け、貴族院議員や外交官となり、日本の政治に深く関りを持っています。個別に名前を知っていた人もたくさんいましたが、こういう徳川一族のつながりがあったんだと改めて認識できて面白かったです。この本を読むと、徳川家というのは江戸時代で終わったわけではなく、明治以降の日本にも大きな影響を与えていたんだと気づきます。薩長土肥の人物にスポットライトが当たることが多いですが、徳川一門の明治以降もきちんと知るべきだと思わせられた本でした。(2018.4.6)

672.上之郷利昭『教祖誕生』講談社文庫

 単行本としては1987年に、文庫本としても1994年に出た本で、私は文庫本になってすぐに買い読んだ本だと思いますが、すっかり内容を忘れていました。今回再読しようと思ったのは、先日山口県にある「天照皇大神宮教」の本部の近くに行く機会を得たからです。「天照皇大神宮教」と言ってもほとんど知らない人ばかりでしょうが、戦後すぐに有名になった「踊る宗教」のことと言えば、そう言えば、歴史の授業で習ったと思い出す人もおられるのではないでしょうか。実は、私もあくまでもその時点に現れ一時的に流行った新興宗教でもう消えてしまったのだろうと思っていたのですが、まったくそうではなく、今でも隆盛を誇る宗教団体として続いていて、驚きました。

 「踊る宗教」も、たぶんこの本に紹介されていたはずと引っ張り出してきて読んだわけです。この本では14の新興宗教が取り上げられていて、読み始めたら、どれも自分の知識となっていなかったものばかりだったので、新鮮でつい全部読んでしまいました。こんな宗教は知らないというのも多かったのですが、調べてみると30年経った今でも、ほとんどの宗教はそれなりに勢力を維持しているようです。改めて信仰を求める人というのは多いのだということを認識させられました。

 多くの宗教で、病気が治ったのをきっかけに信者になったという人が紹介されているのですが、そういうところは、まだどうしても信じられないです。精神的な面の改善だったり、未来予測的なことは、十分可能だろうとは思うのですが、不治の病を治したというような奇跡はやはり信じられません。まあそれでも、若い時よりは、信仰を求める人の気持ちもわかるようになりつつあるとも思います。この本で紹介されている高島易断に近いくらいの予想なら、「吹田の父」もできそうな気がするのですが、、、(2018.3.13)

671.(アニメ映画)新海誠監督『言の葉の庭』(2013年・日本)

 アニメ映画には基本的に興味がないのですが、『君の名は』が高評価で観客動員数もよいと聞いたので、社会学者としては要チェックと思い、見に行ったのが新海誠作品を初めて見た時でした。『君の名は』はまあ悪くはないけど、そんなに高評価になるかなとあまり納得できない感じのまま、このコーナーでも紹介せずに素通りしてしまいました。しかし、大衆の興味のあるものは一応理解したいので、その後もテレビで新海作品が放映されるのに気づいた時は、一応録画して見るようにしています。最初に録画したのは、『雲のむこう、約束の場所』でしたが、なんかそこで展開されるSFの世界にはまれず、これも感想を書く気になりませんでした。そして、今回3本目として『言の葉の庭』にチャレンジしてみました。

冒頭はちょっと惹かれました。前半もまだ期待を持ち続けられました。でも、後半になって、ああやっぱりこの程度かと思い、終わりました。1時間ちょっとの短い作品ですから、物語を複雑に展開はできないのでしょうが、その割に無駄な部分も多かった気がします。主人公の少年の母親が若い男と付き合っているとか兄の同棲の話とか必要だったのでしょうか。何かの伏線になっていて後で意味のあるものになっていくのではと期待していたので、肩透かしでした。伏線にするつもりがないなら、あの時間をもう少し使って、後半の急な展開になってしまう二人の物語をもう少し丁寧に描いたらという気がしました。冷やし中華を主人公が丁寧に作っていく場面も要るんですかねえ?料理上手というのを示したかったのでしょうが、あそこまで時間を取らなくてもよかったと思います。その辺も端折った方がよかった気がします。

あと、主人公が15歳の高校1年生という設定に無理があるとずっと思いながら見ていました。絵の雰囲気から言えば、20歳代前半に見えますし、思考も15歳の思考ではないです。せめて大学1年生くらいにしておいてくれればまだ違和感も小さかったかなと思います。まあ、実は自分が通っている学校の先生だったとするために高校生にしたのでしょうが、そういう設定でない方が物語に無理がなかったのではと思いました。ヒロインが休職したのは梅雨入りより前ということは5月くらいですよね。その割に、高校に入ったばかりの女子高生たちが、先生を慕いすぎていて違和感がありました。入学してから2カ月もせずに休職した先生のことを涙を流すほど慕うなんて事態はまず起こらないと思います。

こんな風にリアリティをアニメ映画に求めるのはそもそも見方が間違っていると言われそうですが、もう少し考えたらもうちょっと出来の良い作品になったのではないかとつい思ってしまったので、一応感想を書いておくことにしたわけです。雰囲気は悪くはなかったし、最後の秦基博のエンディング曲もよかったので、もう少しストーリーをうまく作ってくれたら、アニメ好きではない私でも「いい作品だった」と言えそうだったのですが、、、(2018.3.12)

670.百田尚樹『「黄金のバンタム」を破った男』PHP文芸文庫

 読んでいて途中からイライラするほど、まったく面白くない本でした。読んだことを忘れないためだけに記録しておきます。ファイティング原田という、我々が子ども時代にスターだったボクシング選手を取り上げたノンフィクションで、一応期待して読み始めたのですが、ひどいものでした。後半は早く終われとだけ思いつつ読んでいました。なぜこの本が駄目かというと、ノンフィクションにとって一番大事な選手や周りの人間たちの像が浮かび上がってこないからです。ほとんどのページは、ボクシング試合のラウンドごとの紹介、その試合に至るまでのマッチングの経緯に費やされています。『永遠のゼロ』という名作を書き人気作家になった百田尚樹だから、こんな駄作でも世に出せるのでしょう。無名の作家なら、絶対に出版できないレベルの本です.(2018.3.7)

669.(映画)中村登監督『紀ノ川』(1966年・松竹)

 有吉佐和子原作の長編小説の映画化ですが、素晴らしい作品だと思いました。司葉子演じる花という女性の生涯を描いた大河ドラマです。冒頭の紀ノ川を下る嫁入りは本物に近い仕様にしているのではないかと思います。映像文化遺産になるのではないかと言っていた人がいますが、私もそう思いました。そうした映像の良さも魅力ですが、主役の司葉子が22歳から72歳までを見事に演じていて、その演技力に感心しました。当時司葉子は32歳だったそうですが、新婚の初々しい花嫁も、腰の曲がった老婆も違和感なく演じています。また、準主役の娘役の岩下志麻も25才だったそうですが、1617歳の女学生から40歳代半ばの母親役まで、こちらも違和感なく演じています。時代背景もしっかりストーリーにからめてあり、3時間近い長時間作品ですが、あっという間に終わってしまった感じでした。個人的に好みの映画でした。(2018.3.7)

668.(映画)ステファン・ルツォヴィツキー監督『ヒットラーの贋札』(2007年・ドイツ/オーストリア)

どういうストーリーか知らないまま見始めましたが、非常に興味深く見終わりました。もしかして実話に基づくのかなと調べてみたら、やはりそうでした。「ベルンハルト作戦」と呼ばれる、ドイツ政府がイギリスの経済撹乱を狙い画策した紙幣贋造事件を描いています。この時作られたポンド紙幣の贋札は非常によくできていたようで、その後実際に流通し、戦後体制にも影響を与えたそうです。この事件のことを知らなかったので、よい勉強になりました。まだまだ知らないことは多いものです。(2018.3.5)

667.林真理子『女文士』新潮文庫

 林真理子は目の付け所がいいなあと感心します。エッセイストとして成功してきたのもこの目の付け所の良さが大きいのだろうなと改めて見直しています。さて、この小説ですが、真杉静江という実在した女流小説家の生涯を描いた作品です。多少知識がある方だと自負している私も、この真杉静江という女性作家のことはまったく知りませんでした。しかし、読んでみると、武者小路実篤の愛人だったり、芥川賞を取ったことのある中山義秀の妻であった時期もあり、さらに1953年にダブリンで開催されたペンクラブの世界大会に、日本代表の一員として参加していたりと、かなり注目すべき要素を持った人でした。ただ私が知らなかったのもやむを得ない面もあり、私が生まれた年に亡くなっている上に、これといった作品は何ものこしていない作家です。歴史に埋もれた作家と言ってもよいでしょう。しかし、1人の女性として見た場合、この波乱の人生は実に興味深く、関係者としてたくさんの著名作家を登場させることができ、しみじみ林真理子の目の付け所は鋭いと思った次第です。この作品を読みながら、戦前・戦後に活躍した女流小説家についてもっと知りたくなりました。面白かったです。(2018.3.2)

666.東野圭吾『時生』講談社文庫

 久しぶりに、東野圭吾を読みました。やはり売れている作家の文章は読みやすいです。500頁を超える本ですが、半日で読んでしまいました。まあ、長編のわりには軽い小説で簡単に読めてしまうとも言えますが。物語は、死の淵に会った息子が若き日の父親に会うという話ですが、もう少しタイムスリップ物の魅力があるかなと思いましたが、その部分はたいしたことはなかったですね。無理にタイムスリップものにしなくても描けたストーリーかなという気がしました。最初に重要そうに思わせた息子の難病設定も別に必要なかった気がします。交通事故でもよかった気がします。読み始めた時にかなり期待感があったのですが、半分くらい過ぎた頃にはかなり薄れ、最後はとりあえず読み終わろうという程度の気持ちで読んでいました。まあまあ時間つぶしができる程度の小説でした(2018.2.27)

665.林真理子『ミカドの淑女』新潮文庫

単行本が刊行された時から面白そうだな、読みたいなと思っていましたが、28年後ようやく読みました(笑)期待通り面白かったです。明治史に名を残す女性・下田歌子を主人公にした実録小説ような物語です。下田歌子は、皇室の女官として勤めはじめ、その美貌と頭の良さと歌のうまさで皇后に気に入られ、結婚で退官した後も、夫が亡くなってからは、今度は学習院女学校の部長の地位に就き、当代随一の女性として評価を得ます。しかし、『平民新聞』に醜聞を書き立てられ、学習院長だった乃木希典によって、女学校部長の座から追われます。物語はそこまでですが、そこに至る『平民新聞』に書かれた醜聞の相手たちがその記事をそれぞれどう受け止めたかという形で物語が語られます。この辺が、この小説の魅力です。直接に、下田歌子に語らせるのではなく、その相手とされた男たち、あるいは広い意味での関係者である女たちに、下田歌子について語らせるという手法は、下田歌子という人物像を多面的で複雑な人間として浮かび上がらせることに成功していて、うまい小説だと思いました。この小説は、それまでエッセイストとしてしか思われていなかった林真理子が作家=小説家としての地位を確立した出世作ですが、納得のいく作品となっています。(2018.2.26)

664.佐藤愛子『佐藤家の人びと――「血脈」と私――』文春文庫

 『血脈』を書き終わった後に、インタビューを受けたものや、エッセイ風に描いた裏話が掲載されていますが、その部分はあまり面白くないです。私が興味を持ったのは、佐藤家の人々の写真です。『血脈』に出てきた様々な人物がこういう顔をしていたのかとわかると小説のイメージがより具体的になります。血のつながりがあっても、腹違いだったりすると、かなり顔は違う上に、環境要因も作用するのか、父母が一緒のきょうだいでもずいぶん顔が違い、興味深かったです。(2018.2.22)

663.(映画)マイケル・グレイシー監督『グレイテスト・ショーマン』(2017年・アメリカ)

 私は結構ミュージカルが好きなので、この映画は楽しかったです。ミュージカルでも、特に群舞が迫力があって好きなのですが、この映画にはそういう場面が多かったので、よかったです。音楽もよかったです。ストーリーは単純ですが、実話に基づいているそうなので、このくらいのストーリーでも十分でしょう。ミュージカル好きにはお勧めです。(2018.2.21)

662.佐藤愛子『血脈(上)(中)(下)』文春文庫

 最近長編小説ばかり読んでいます。読み終えるのに時間がかかってしまいますが、やはり長編には長編の素晴らしさがあります。この本は、作家・佐藤紅緑の娘であり、詩人・サトウハチローの腹違いの妹である佐藤愛子が、40歳代で妻も子もいた父親・佐藤紅緑は、女優をめざす若きシナ(愛子の母親)に熱をあげるところから書き起こし、以後子世代、孫世代までの佐藤家の人々を、実話に基づいて書いた小説です。小説というより、ノンフィクションに近い読み物です。著者による脚色がどの程度入っているのかわかりませんが、とにかく佐藤家の人々は一癖も二癖もある人間ばかりです。男たちは、次々に女性に手を出し、家庭を壊していきます。その上、仕事に関しては根気よくできたのは、紅緑、八郎、愛子くらいで、後はみんな仕事に失敗というか、ほとんど最後までやらずに投げだし、父親の金にたかろうとする人間ばかりです。ここまで書いて大丈夫なのだろうかと読者が心配するほど、作者と関係の近い人々を、ぶった切ります。作者が65歳から書き始め、77歳で書き終わったというものなので、もう周りに気を遣う必要はないと思ったのかもしれませんが、普通はなかなかここまでは書けないと思います。そもそも、これだけ小説の題材になりそうな変わった人間ばかり生まれたものだと思います。最後の方がちょっと書き込み方が足りない気はしますが、生きている人が多いので好き放題は書けなかったのだろうと思います。でも、ともかく読みごたえは十分です。(2018.2.16)

661.(映画)ロン・ハワード監督『ザ ビートルズ - EIGHT DAYS A WEEK』(2016年・イギリス)

 この映画は、ビートルズのデビューから解散間際までを紹介するドキュメンタリー映画です。彼らはメジャーデビューが1962年、実質解散が1970年です。私は7歳から15歳という年齢で、ビートルズ熱狂世代よりは若く、ビートルズがいいなと思うようになったのは解散後でした。なので、ビートルズ活動中にどんなことがあったのか実はあまりよく知りませんでした。この映画は1960年代という時代を、ビートルズに焦点を当てることで浮かび上がらせていて見ごたえがありました。ビートルズファンなら常識の部類に当たるであろう「フィリピン事件」――イメルダ夫人の招待を断ったことがドタキャンと報道され、フィリピン国民の反感を買った事件――や、「キリスト発言事件」――ジョン・レノンが「ビートルズはキリストより有名」と発言し、アメリカで猛反発を受けた事件――などを初めて知りました。映像は、きちんとデビューから時代を追っていってくれるので、ビートルズの変化がわかりやすいです。音楽ももちろんふんだんに使われていて音楽映画の要素ももちろんあります。いい映画だと思いました。(2018.2.5)

660.(映画)ライアン・ジョンソン監督『スターウォーズ/最後のジェダイ』(2017年・アメリカ)

 全然スターウォーズファンではなく、過去にも1977年の第1作をテレビで観たのと、1999年の「エピソード1」を息子と一緒に映画館で観ただけなのですが、妻が観に行こうというので、まあ付き合ってみてもいいかと思い、観てきました。この作品には、スカイ・ウォーカーとかレイア姫、ハン・ソロ、ヨーダ、チューバッカ、C-3POR2-D2とか、私でも知っているキャラクターがたくさん出てくるので、なるほどその後こうなったって話かと、スターウォーズに関するわずかな知識しかない私にもわかりやすかったです。1999年のエピソード1は過去に遡っていたので、どの子どもがその後どのキャラクターになるのかよくわからず、眠くなってしまいましたが、今回はまったく寝ずにちゃんと見ていました。ストーリーはどうしてこんな都合の良い展開なんだろうと苦笑するしかないようなものでしたが、まあこんなもんなんでしょうね。ツッコミどころ満載の作品で、観終わってから夫婦でいろいろ感想を言い合うにはちょうどよい作品でした。(2018.1.31)

 

659.(映画)落合賢監督『太秦ライムライト』(2014年・日本)

 この映画は、公開の時から興味があったのですが、見そびれていたのですが、ようやく見られました。切られ役の大部屋俳優を主役にした物語で、ストーリー自体は単純ですが、主役の福本清三の雰囲気が、この役にぴったりです。この映画は、彼の存在なくしては作れなかった映画でしょう。まさに大部屋俳優という雰囲気なのですが、存在感が尋常ではありません。どうしたら、あそこまで痩せられるのだろうと思うほどで、素浪人をまさに絵にかいたような役者さんです。殺陣のシーンはさすがの一言です。日頃、時代劇を見ても、殺陣にそんなに興味を持っていませんでしたが、改めて注目してみると、生半可ではできない技なんだなと思いました。(2018.1.12)

658.(映画)中野量太監督『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年・「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会)

 こんな素晴らしい映画が作られていたんですね。日本アカデミーの最優秀主演女優賞と最優秀助演女優賞を獲得としたことで、名前だけは知りましたが、今回テレビで放映されたのを見て、感動してしまいました。こういう人間ドラマの映画が私は大好きです。特に、この映画は平凡そうに見えながら、実はいくつも謎があり、それが少しずつ明らかにされていくという見事な脚本になっています。最初は、夫に逃げられた母と娘がたくましく生きていく話かなと思いながら見始めたら、次々に新たな展開が出現し、そしてそれがまた見事につながっていきます。そして、ラストはまさかそんなことを、、、とびっくりするような終わり方です。でも、それがこのタイトルにつながっているのだと思うと、すっきりした気持ちになります。俳優もみな上手ですが、なんと言っても、宮沢りえです。前からうまい女優さんだとは思っていましたが、この作品は宮沢りえなくしては、ここまでの作品にはならなかっただろうと思います。脚本も担当したこの中野量太という監督は、これが商業用長編映画が初めてだそうですが、見事なデビューです。この監督の作品は今後も注目していきたいと思います。(2017.12.28)

657.野上弥生子『迷路()()』岩波文庫

 上下巻合わせて約1300頁の長編小説をようやく読み終わりました。大長編小説ですが、あきさせません。野上弥生子という作家はまさに本格的な小説家だと思います。物語の時代は、1936年の226事件から始まり、1945年の終戦間際までです。近代日本が一番暗かった時代です。主人公は、菅野という青年ですが、彼は学生時代に共産主義を信奉していた時期があり、転向して出獄したものの、「アカ」というラベルが彼の人生について回り、若いのにやや世捨て人的な生き方をしています。

大部のものなので、登場人物も多彩です。決して主人公だけにスポットライトが当てられるのではなく、様々な人物の複雑な性格にスポットライトが当たります。よくこれだけの人物の性格をかき分けられるなと感心します。「あとがき」で著者は、登場人物には特別なモデルはいないと書いていますが、たぶんそれぞれ登場人物のモデルになった人がいたのだろうと思います。

著者自身が大分県の資産家(醸造業で財をなす)の娘なので、主人公の実家が大分県の酒造業とされています。また、付き合っていた層が上流階級だったからでしょうが、中心的な登場人物は上流階級層の人々になります。こんな時代でも、能のことしか頭にない元大名家(あきらかに井伊家がモデル)の隠居、大分藩主家の妻は美しいがセックス依存症、体裁ばかり考える大分の有力経済人の妻、こんな時代でも享楽的な生活を送る同じく大分の有力政治家の娘、といった具合に強烈な個性を持った人物が実にたくさん登場します。

時代がどんどん悪化する中で、主人公は上記の有力経済人の養女と結婚しますが、彼女はハーフで、他の日本人とは考え方大きく異なっています。この結婚は、この女性が嫌な結婚を押し付けられそうになったときについた嘘がきっかけで成立するのですが、主人公はこの女性を深く愛し、彼女のために生きようと決めます。しかし、義父の力で徴兵を逃れることも十分可能だったのに、かつて学んだ思想の影響もあり、そうした抜け道を選ばなかったゆえに、30歳をすぎていたのに、徴兵され中国大陸に送られます。そこで、この戦争は何のためにしているのか、なぜ殺し合いをしなければならないのかを問う中で、ついに軍隊を脱走することを試みます。そして、物語はエンディングに向かっていきます。書きすぎると読む楽しみがなくなってしまうと思うので、ここまでにしておきます。

こういう社会の動きに人間が翻弄されながらもどう生きたかという小説は一番好きなタイプの小説です。非常にお勧めですが、『憂鬱なる党派』とともに、若い人で読み切れる人は少ないでしょうね。(2017.12.18)

656.(映画)古沢良太脚本・石川淳一監督『エイプリルフールズ』(2015年・東宝)

 古沢良太のオリジナル脚本映画としては、『キサラギ』以来だそうですが、やはりそれなりに面白いです。たくさんの人物が登場し、それぞれいろいろな嘘を抱えていますが、それらが全部どこかでつながっているというのが、この脚本の魅力です。まさに『キサラギ』と同様、そこでつなげるかという謎解き的な面白さがありました。映画館で観るには少しちまちました映画かもしれませんが、TVで放映されたものを観る分にはちょうどよい映画です。今後も、古沢良太の脚本とあれば、チェックを入れると思います。(2017.11.23)

655.山田昌弘『悩める日本人 「人生案内」に見る現代社会の姿』ディスカヴァー携書

 「パラサイトシングル」や「婚活」という言葉を造った家族社会学者の山田昌弘氏が、2008年から読売新聞の「人生案内」(=「人生相談」)の回答者となっておられ、その経験を踏まえて書かれた本です。(著者から贈っていただいた本なので、ちょっと丁寧語です())「人生相談」を研究対象とした社会学研究は結構ありますが、回答者になっている人自身が回答の仕方も含めて分析しているのは珍しいと思います。この本のポイントはふたつあります。ひとつは、相談内容がかつてはなかったような内容が増えているという点です。「夫の女装に悩む妻」「年下の彼に対する未練がふっきれない70歳代男性」「妻の不倫に悩む夫」「恋愛感情が持てない若者」といった相談内容が紹介されます。しかし、こうした相談内容が時代とともに変化することは、「人生相談」を対象とした研究ではよく取り上げられるものです。

この本でより興味深いのは、もうひとつのポイントです。それは、社会学者が回答者として答える難しさについて語られた部分です。価値観が多様化していることを十分認識している社会学者としては、かつての回答者のように、「こういう風にしたらよい。これが常識です」といった答え方ができず、ある意味非常に歯切れの悪い回答しかできないという悩みがあると著者は語っています。確かに、なるほど、そうだろうなと思います。私もよく教え子から相談を受けますが、私の回答はほとんど多数派はこんな風に生きていると思うよというものばかりで、その生き方はできないという人には、なかなかうまいアドバイスができません。この本で取り上げられているような相談事項などは、正直って私にはうまく回答ができないものがほとんどです。ネットの中での人生相談などは相談する方もどの程度本気なのか作り話なのかわかりませんが、回答する方も匿名のせいかずいぶん大胆な回答をしています。しかし、回答者の名前が出る新聞の人生相談ではそんな大胆には回答できないでしょう。この時代に、新聞の人生相談の回答者をやるのは大変だろうなとしみじみ感じました。(2017.9.23)

654.(ドキュメンタリー)NHKスペシャル「本土空襲 全記録」(2017年・NHK

 NHKは、毎年8月に戦争がらみのドキュメンタリーを多く放送します。今年も何本か録画して観たのですが、今回秀逸だったのが、812日に放送された、NHKスペシャル「本土空襲 全記録」でした。1945310日の「東京大空襲」は有名ですし、全国様々なところを旅していると、空襲を受けた地方中核都市にたくさん出会います。一体どのくらい空襲はあったのかや被害の程度は、なかなかつかめないだろうなと思っていましたが、今回NHKはアメリカの軍事記録などから空襲の日時と場所を特定していき、約46万人が空襲で亡くなったと明らかにしました。

 今回のドキュメンタリーが素晴らしかったのは、ひとつにはアメリカの日本への空爆戦略がよくわかった点です。まず、19447月に日本から2400qしか離れていないサイパンをアメリカ軍が取ったことで、航続距離6000qの大型爆撃機B29で日本を攻撃できるようになり、同年11月から本土空襲が始まるわけです。しかし、サイパンから飛んでいけたのはB29だけで、護衛する戦闘機はそれだけの距離を飛べないため、B29は日本の戦闘機に狙われない高度1万メートルから爆弾を落とすという戦術を取るしかなく命中率が非常に低かったそうです。この時点で、アメリカはまだ市街地を狙っておらず、軍需施設のみを狙おうとしていたそうです。この戦術(精密爆撃)の精度があまりに低かったために指揮官を交代させ、ドイツ市街地に爆撃を行った指揮官を日本本土空襲の指揮官につけ、焼夷弾で都市を爆撃するという戦術に変えたわけです。ここから無差別爆撃が始まるわけです。今なら、市民が巻き込まれたと非難される都市の空爆ですが、この頃のアメリカ軍の考え方では、日本人はすべて戦争協力者で非戦闘員は1人もいないということになり、都市への無差別爆撃を自己肯定していたそうです。また、NHKによれば、都市への無差別爆撃を行ったのは、日本軍による重慶への空爆が世界最初であり、そういう行為をした日本に対しては、同じことをしても構わないという考え方が成立していたそうです。

 19453月に、本土から1200kmしか離れていない硫黄島をアメリカ軍が取ったことによって、航続距離の短い戦闘機も日本を空襲できるようになり、機銃掃射で地上の人間が撃たれるということも起きるようになります。この頃には、日本には迎撃する戦闘機がほぼなくなっていたため、アメリカのパイロットたちは地上で動くものを狙い撃ちしていきます。実は、今回のドキュメンタリーのすごさは、そうしたパイロットの視点がわかる「ガンカメラ」による映像です。「ガンカメラ」とは、機銃についたカメラで機銃掃射を始めると同時に撮影が始まるというものです。鉄道、駅はもちろん、学校も海岸にいるだけの人々も狙い撃ちしていきます。まるでシューティングゲームです。日本人が「鬼畜米英」と思っていたように、アメリカのパイロットも「虫けらのようなジャップ」と思って、いくらでも殺してよい、というか殺せば殺すほどよいとでも思って撃っていたんだろうなと、追体験できるような映像でした。

戦争は通常の人間の感覚を失わせます。戦争に勝つためには、相手国の人間は「人間」ではなく、「抹殺すべき敵」という存在になってしまうのでしょう。今回のドキュメンタリーでも、最後に、戦争時に日本人を撃ちまくった元パイロットが戦後38年経って日本を訪れ、そこには「人間」がいたことに初めて気づき、打ちのめされた気持ちになったと語られます。しかし、こういうドキュメンタリーを観た人でも、いざ戦争となれば、反戦の行動を取ることは難しいだろうと思います。とにかく戦争を起こさないようにしないといけないということでしょう。あまにも語られ過ぎて不感症気味になってしまっている原爆のドキュメンタリーよりも、今回のドキュメンタリーの方が訴える力は大きいと私は感じました。再放送を何度もしてほしい素晴らしいドキュメンタリーでした。(2017.8.27)

653.高橋和巳『憂鬱なる党派』河出書房

 この本は、大学1年か2年の時に買った本で当時読んだはずですが、ストーリーをほとんど覚えておらず、40数年ぶりに再読しました。この高橋和巳という作家は、私が大学生の頃には、大学生が読むべき作家の最上位にランクされていたような人で、私もこの本以外、『悲の器』『我が心は石にあらず』も読み、はまっていた作家でした。

今回この『憂鬱なる党派』を再読して、改めて素晴らしい作家だと思いました。むしろ、この作家のすごさを、大学12年の私は、本当にわかっていたのだろうかと疑問に思いました。というのは、この小説をきちんと理解するためには、戦争末期から1950年代終わり頃までの日本の歴史に精通し、哲学、思想、政治にも詳しく、関西――特に大阪と京都――の地区の特徴などにも詳しくないといけないからです。1920で関西のことなんかまったく知らなかった私に、この小説が本当の意味で理解できたとは思えません。しかし、大阪府民になって34年、戦後史にも詳しくなり、政治、思想もそれなりに知識として得ている今、この小説のすごさがよくわかります。

高橋和巳という作家は、実に緻密な頭を持った作家です。たくさんの登場人物の社会的背景、思想、性格を見事に描き分け、特攻隊崩れ、広島での被爆、京大自治会結成、コミンテルンによる批判からの共産党の分裂、山村工作隊、火炎瓶闘争、吹田事件、京大天皇事件、釜ヶ崎第1次暴動などの史実を、時に時間だけ少しずらしつつうまく利用して、登場人物たちを関わらせます。最初の100頁くらいまでは、人物関係がよく見えず読むのに苦労しますが、その後どんどん物語にはまっていき、最後の100頁は一気呵成に読んでしまいました。

かなり詰め込まれた2段組みの単行本で399頁ですから、文庫本だと厚めの上下2冊本くらいでしょう。これだけの長さの物語を破綻なく書き上げるのはたいしたものです。まあ推理小説ではないので、伏線が張ってあって、それがちゃんと処理されたかどうかということを考える必要はないのですが、最後の100頁は、この物語を作者はどう終えるのだろうかと気になって仕方がありませんでした。終わり方は必ずしもすっきりしないのですが、でもこんな終わり方にしかできなかったのかもしれないという気もします。

こういう社会性のある小説は本当に素晴らしいです。この小説を刊行した時の、高橋和巳はまだ34歳です。すごいなあ。今、34歳で、こんな社会派長編小説を書ける作家って、日本にいるのかなあ。たぶんいなさそうな気がします。まあ時代も違い、青年たちも突き詰めて問うべき思想的・哲学的課題も持っていないので、こんな物語ができる空気はまったくないのでしょうね。

今調べて驚いたのですが、AMAZONで、この『憂鬱なる党派』に関して、ブックレビューを誰1人書いていません。AMAZONという通販が誕生してから、この小説を読んでレビューを書きなった人は誰もいないのでしょうか?今、AMAZONで私が後生大事に保存してきたこの単行本は1円で買えます。誰か若い方、買って読んでみませんか?現代の大学生や若い社会人(40歳代でも)が、この本を読んで、どんな風に感じるか、感想を聞いてみたいものです。(2017.8.16)

652.かわいゆう『さきちゃんの読んだ絵本』新宿書房

 「大人の童話」というジャンルの本です。ふだんは読まないジャンルですが、著者から送っていただいたので、早速読んでみました。いい本でした。帯に「さきちゃんも、かまきりも、ちょうちょも、きんぎょも、日まわりも、おばあちゃんも、おじいちゃんも、おかあさんも、おとうさんも、みんな、いっしょうけんめい生きてる!」とあり、最初に見た時は、どういう内容なのかさっぱり見当がつかなかったのですが、読み終わった時には、なるほどうまく表現しているなと思いました。まさに、そういう読後感をもつ本です。

 かまきりが重要なキャラクターとして登場する不思議な始まり方で、謎がたくさんありそうで、物語にすぐに引き込まれます。エピソードが時系列に並んでいないので、読者の方で、物語をパズルのように紡ぎ合わせたくなります。この人物が、この生き物が、このアイテムが、どことつながっているのだろうと考えたくなります。文章はやわらかく、児童文学としても読めそうですが、夫婦、親子、家族の心理が物語の鍵になっているので、幼い児童に読ませるには少し難しいかもしれません。でも、小学校高学年あるいは中学生以降くらいなら十分受け止められそうです。むしろ、そのあたりの子どもたちには推奨したい本です。

 この物語は、確かに「大人の童話」とも言えますが、優しい言葉で書かれた純文学の一種とも言えます。今後、著者がどんな方向に進むのか楽しみです。(2017.8.12)

651.杉山春『ネグレクト 育児放棄――真奈ちゃんはなぜ死んだか』小学館文庫

 丁寧な取材に基づいた力作ノンフィクションです。2000年に愛知県で起きた3歳女児が育児放棄で餓死した事件を取り上げています。途中からどんどんはまっていき、なぜこんなことに至ってしまったのか、その原因を自分なりにも答えを出したいという気になります。最後は、判決も自分ならどの程度の罰にするだろうかと考えながら読んでいました。ちなみに、実際の判決は、私が想定したものより、大分重かったです。

著者は、この事件は、若い両親の未熟さだけで起きたものではなく、彼ら自身の生育環境や、周りの環境なども影響していると指摘します。この事件だけでなく、子育てに悩む多くの母親たちから話を聞いており、児童虐待は決して特殊な事態ではないということも指摘します。子育てというのは考え始めると難しいものだと思います。他の子どもとの比較、自分の自由を奪うもの、などと考え始めると、うまく子育てはできるだろうかと不安になってしまうかもしれません。私はとうの昔に子育てを終えていますが、子育てをしている頃に、この本を読まなくてよかったなと思うほど考えさせられてしまいました。(2017.8.4)

650.(映画)スティーブン・ダルドリー監督『めぐり合う時間たち』(2002年・アメリカ)

649.(映画)ガス・ヴァント・サント監督『誘う女』(1995年・アメリカ)

 まったく違う種類の映画ですが、まとめて取り上げるのは、ともにニコール・キッドマンが主演で、あまりも違う人物に見えるからです。化粧の仕方で、こんなに違った人物に見えるのかと驚きました。

「誘う女」の方は、多くの人がイメージする美人でセクシーなニコール・キッドマンの印象通りの作品です。実際にあった事件を映画化したもので、ニコール・キッドマンの役はテレビでのアナウンサーやキャスターになりたいという強い願望をもつ女性で、その希望にとって邪魔になった夫を、性的魅力で虜にした高校生に殺させるというストーリーです。

 他方、「めぐりあう時間たち」でニコール・キッドマンが演じるのは、精神を病み自殺をするバージニア・ウルフです。化粧っ気がまったくなく、「えっ、これがニコール・キッドマン?」と何回も見直してしまうほどです。まったく違う人物に見えます。「めぐりあう時間たち」の方は、哲学的な映画とも言えるような作品で、なかなかすんなりは理解できません。少し難しすぎて楽しめない気がしましたが、これはバージニア・ウルフの小説『ダロウェイ夫人』を読んでいないせいかもしれません。この小説が、この映画を読み解く上での鍵になっていそうな気がします。一応観たことを忘れないために記録しておきます。(2017.8.3)

648.(映画)馬志翔監督『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014年・台湾)

 嘉義農林という台湾の学校が甲子園に出たことがあること、それが映画化されたことは知っていましたが、内容はよく知らないまま、BS局で放映していたものを録画して見ました。出演した若者たちの野球能力が本格的で嘘っぽい安易な野球映画ではなく引き込まれました。ところが、長い作品だったためか放映が2週に渡っており、そのことに気づかず、前編を見終えた時には後編の放映は終わっていました。残念だなと思っていたところ、N先生がDVDを持っているというので貸してもらい、後編も見ることができました。

 まったく無名の台湾南部の中等学校が日本人の熱血監督の下、民族を超えて団結し、台湾予選を勝ち抜き、さらには甲子園で準優勝までしてしまうという、なんかまるであだち充の野球マンガのようなストーリーですが、これはほぼ実話なのです。こんなマンガみたいなことが実際にあったんだなと非常に興味深く思いました。この映画の良さは、若者たちの本気の演技と、1930年代の台湾の風景が再現できているところです。日本が本格的に戦争に向かう時代で暗く描かれることが多い時代ですが、こんなハートフルな物語もあったんだと嬉しくなりました。

 今年ももうじき甲子園が始まります。最近はあまり高校野球に興味がないのですが、今年は滋賀県の彦根東高校と香川県の三本松高校という進学校が甲子園に出ますので、その2校には密かに期待しています。半分プロかと思うような野球漬けの生活をしてる選手ばかりで成り立つ私立高校ばかり強い甲子園には興味がないのですが、こういう公立高校が活躍してくれるなら興味を持てます。1931年の嘉義農林や、2007年の佐賀北高校のようなミラクルが起きないかなとちょっと楽しみにしています。(2017.8.1)

647.川口則弘『芥川賞物語』文春文庫

 1935年の第1回から2016年の第155回までの芥川賞の候補作品、受賞作品、選評を紹介した本です。著者はネット上で個人的に直木賞を中心に研究していた人で、芥川賞の方はそれほど興味がないというのが本音だそうです。しかし、そのことによって、自分の意見は抑えて客観的な事実を中心に述べており、「芥川賞発表」という社会現象をめぐってどういう事態が起きたかがわかる本になっています。私も基本的に芥川賞を取るような純文学小説には興味がない方ですが、「芥川賞発表」というのは、メディアの取り上げ方などから社会現象化するので、そういう視点から興味を持っていましたので、その意味でこの本はちょうどよい本でした。

読みながら一番思ったことは、選考委員たちが個人的読後感だけをベースにここまで偉そうなことを言うんだなということでした。実際、腹を立てた作家が様々な媒体で選評に反論するという事態も起きているようですが、当然だろうなと思います。まあでも、賞なんて大体どこでも同じようなことが起こっているんでしょうね。個人的体験ですが、私がかつて社会学のある賞をいただいた時にも、その受賞を阻止しようとする学者がいて水面下でいろいろ妨害工作をしたという話も聞きました。タイムだけで優勝が決まるようなスポーツ競技と違って、審査員が評価するという賞にはいろいろ問題が起きやすいもののようです。

 ちなみに、50年代後半の芥川賞の候補者に、その後著名社会学者になった方の名前を見つけて驚きました。若き日に小説を書いていたんですね。ちなみに、この方は、私が社会学の賞をもらった著書を高く評価してくれていた方でした。たぶん、当時その賞の選考委員でもあったような気がします。不思議な縁を感じました。(2017.8.1)

646.溝口敦『細木数子 魔女の履歴書』講談社α文庫

 YOUTUBEをなんとなく見ていたら、「消えた芸能人」といった映像で、細木数子が出てきて、そう言えば、最近テレビでまったく見ないなあ、どうしているのかなとちょっと気になって、細木数子に関する本を探したら、この本が出てきました。細木数子がテレビから消えたのも、この本の基になった『週刊現代』での同タイトルの連載のせいだと知りました。個人的にまったく興味がないタレント(?)だったので、いつ頃から消えたのかもまったくわかっていなかったですが、20083月だったようです。

 興味がない人なのに、本を読んでみようと思ったのは、この女性の人生がなかなかすさまじそうだったからです。ヤクザとのつながり、水商売、島倉千代子とのつながり、安岡正篤とのつながり、「六星占術」というものを駆使した占い師になったこと、いずれも知らない事実ばかりで、その意味では面白かったです。

 占いにまったく興味がない私のような人間からするとまったく理解不能なのですが、好きな人はいるんでしょうね。ネットで調べると、「六星占術で2017年を占う」とか出てくるので、テレビには出演しなくなっても、まだいろいろな形で稼いでいそうです。(2017.7.16)

645.(映画)ベニー・マーシャル監督『プリティ・リーグ』(1992年・アメリカ)

 1940年代から1950年代にかけて実際に存在したアメリカ女子プロ野球を基にした話です。なんとなく面白そうかなと思って録画して見てみました。まあ可もなし、不可もなしという感じでしたが、記録のために書いておくことにします。最後の出演者名にマドンナが入っていて、「えっ、どの役だったんだろう?」と改めて見たら、確かにマドンナでした。こんな映画に出ていたんですね。ファンではないので、映画を観ている際には、「なんか見たことあるような気がするなあ」と思ったくらいでした。ちなみに、マドンナはボールを扱うシーンはほとんどなかったです。主役の女優さんはなかなか様になっていました。若い時の役と年老いてからの役を主役級の女優さんは1人でこなしているようですが、結構ちゃんと自然と老け顔になれていて、「あれっ、同じ人なのかな?」と一瞬戸惑うほどでした。メイク技術に感心しました。映画館で観ていたら、ちょっとがっかりというレベルでしたが、テレビ放映されたものを観るくらいだとちょうどよい映画でした。(2017.7.15)

644.(映画)市井昌秀監督『箱入り息子の恋』(2013年・日本)

 星野源が35歳の箱入り息子を演じている映画ということで、「逃げ恥」みたいだなと思い、観てみました。途中――交通事故に遭う――までは悪くないなと思っていましたが、その後はちょっと展開があまりにもコメディー&セクシーになってしまい、前半の少しリリカルな感じを帳消しにしてしまっている映画です。ただし、この映画があったからこそ、「逃げ恥」で新垣結衣の相手役に星野源は選ばれたのだろうと思います。35歳童貞男を演じさせるのにはぴったりと思われたのでしょう。映画とドラマ、原作はそれぞれ小説とマンガのようですが、映像に関しては、「逃げ恥」の方がはるかに良い出来です。(2017.4.28)

643.(映画)小津安二郎監督『麦秋』(1951年・松竹)

 小津安二郎の映画は最近まったく評価できないのですが、映画好きの知人が、「小津安二郎の作品の中では一番いい」と言っていたので、とりあえずこれを見てから最終判断を下そうと思っていたところ、たまたまBSNHKで放送していたので、録画して見ました。率直な印象として、どうしてこの映画がそんなに評価されているのだろうというものです。知人だけでなく、映画評価を5つ星でつける様々なサイトでも、4以上の評価になっていますが、私はまったく評価できる映画ではなく、つけるなら☆1つでしょうか。小津の映画はたくさん見ていますが、大学生か大学院生の時に初めて見た時(たぶん、映画は『小早川家の秋』だった気がします)は鮮烈な印象が残ったのですが、その後は見るたびに評価が落ちていき、今やもう見たくない映画監督の代表格になりつつあります。

 どこがだめかと言えば、いろいろあるのですが、とりあえずセリフがものすごく嘘っぽく、いかにも演技していますという感じになるのがどうしようもなく受け入れがたいです。昔の俳優が下手だったということではないと思います。小津安二郎は、一言一句、俳優にアドリブを許さず、脚本通りに喋らせたそうですから、ひとえに小津の脚本がだめなのだと思います。おうむ返しのように2度同じセリフを言う場面の多さ、笑い方の嘘っぽさはどの小津作品にも共通していますが、この映画では、原節子と淡島千景が突然秋田弁で語り始める場面など、笑いを取りたかったのかもしれませんが、あまりに不自然でまったく笑えません。

 もう小津映画の代表作はほとんど見たので、もうこれ以上は見なくていいでしょう。個人的には、これで「サヨナラ、小津安二郎」です。(2017.4.22)

642.瀬戸内寂聴『諧調は偽りなり 伊藤野枝と大杉栄()()』岩波書店

 632で紹介した『美は乱調にあり』の続編です。前作から16年経ってから書かれた続編のせいか、前作にあった鮮烈な印象が、この続編にはありません。大杉栄と伊藤野枝だけでなく、その周辺の人物を描くというスタンスは変わらないと思いますが、前作が平塚らいてうや神近市子という魅力的な女性だったのに対し、続編は男性陣ばかりで、その人物像がまったく魅力的に描けていません。やはり、この作家は女性を描かせた方がうまいようです。内容的には、前作が大杉栄が神近市子に刺される日陰茶屋事件で終わるので、その後から関東大震災後の大杉・伊藤虐殺事件までということになりますが、無駄に長い感じで読者の興味を散漫なものにしてしまいます。作品としての出来は、前作とは比べ物になりません。(2017.4.19)

641.佐藤進一『日本の歴史9 南北朝の動乱』中公文庫

 639で紹介した「応仁の乱」についての本に刺激を受けて、早速、室町時代史の勉強を始めました。私は日本の歴史を知りたくなると、この中公文庫の「日本の歴史」シリーズを引っ張り出します。今は文庫本で読んでいますが、もともとは単行本で1960年代から我が家にはあり、大河ドラマを見たり、歴史小説を読んだりして興味を持った時代の巻を読んできました。いろいろな巻を読んできましたが、なかなか手に取って読み切れなかったのが、この室町時代のあたりでした。とにかく登場人物が多く、人間関係が複雑な上に、単に天皇、貴族、有力武士だけを抑えてもだめで、有力寺社、国人、農民へも視野を持たないと理解ができず、若い時の知識では楽しめるところまでは行きつけませんでした。しかし、今回久しぶりにこの巻を取って、実に面白いとワクワクしながら読みました。そして、自分の知識があまりにも少なかったことに驚くほどでした。まあ、それだけこの時代は扱いづらく、小説やドラマにもしにくく、また教科書でも教えにくい時代なのだなということも改めて確認できました。

 まず、南北朝時代が、実は南朝と北朝の2大対立の時代ではなく、北朝方である足利尊氏とその弟・足利直義も対立することで、三者鼎立の時代だったということは、多少の歴史好きならご存知かと思いますが、その鼎立による勢力関係の複雑さは相当なものです。北条氏を中心とした武家政権を倒し、天皇親政を行いたかった後醍醐天皇、当初はその王朝側を抑え込むために京に向かった足利尊氏は立場を変え後醍醐と協力し、北条氏を倒すものの、建武の新政の破綻から、武家政権の再考を目指し、持明院統の光明天皇を立て、足利幕府を作ります。信頼していた弟・直義に政務の多くを任せますが、これに対し、尊氏の執事・高師直が対抗し、徐々に尊氏vs直義という構図もでき、三すくみ状態になります。このうちの2者対立で不利になりそうになると、第3者を味方に引き入れようとします。師直が死に、直義が死んでも、事態はすっきりしないまま、時間ばかりが経ちます。この間に、守護が力をつけ、実力を背景にこの権力闘争に割り込みます。天皇の命令も、将軍の命令も、ほとんど浸透しない状態になります。各地の国人にも、荘園で働く農民にも自主独立的な機運が芽生えます。

 一応3代将軍・義満の時に、南北朝時代は終わるわけですが、それは混乱が収まったということを必ずしも意味しません。義満時代にも、大内氏が反乱の動きを示したりします。この巻はまだ室町時代前期を扱っているだけですが、こうした権威のない室町幕府だったからこそ、次の下剋上の時代=戦国時代が登場するのだなということが納得できる内容でした。(2017.4.8)

640.(映画)ピーター・シーガル監督『リベンジ・マッチ』(2013年・アメリカ)

 シルベスター・スタローンとロバート・デ・ニーロという、かつてともにボクシング映画で主役を務めた二人が、70歳前後になってボクシング映画で対決するというのは、若い時に彼らの映画を観た我々の世代にはちょっとした感動があります。映画の初めの方では、締まっていない体をしていた二人――特に、ロバート・デ・ニーロ――がリングに上がる時には、かなり体を絞ってきており、さすがにかつて役のために30kgくらい体重を増減させたこともあるという噂の俳優魂を、ここでも見せられた気がしました。ストーリー展開はほぼ予想通りですが、それなりに本気で殴り合う高齢の役者の演技はわかっていても見るに値するものでした。娯楽映画の一種でしょうが、昔を知っている年配者には感慨深く見られる映画だと思います。(2017.4.5)

639.呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』中公新書

 地味な歴史書なのにかなり売れていると聞き、読んでみました。人物も多く関係も複雑なのですが、なんとなく読めてしまう本でした。文章の流れがいいのかもしれません。それにしても、応仁の乱は複雑です。東軍・細川勝元vs.西軍・山名宗全という構図と、将軍家、管領家・畠山と斯波の家督相続争いがからんでいるくらいの情報でしか習っていないと思いますが、そうなるのも仕方がないかなと思うくらい複雑です。一応1467年に始まり、1477年に終わったと習うわけですが、始まったきっかけも終わった出来事もすっきりするような決定的なものではなく、読み終わった今も、「応仁の乱」とはこういう戦いだったと簡単に話せる自信はまったくありません。ただ、読みながら思ったことは、やはりこの乱が、というか室町時代という仕組みが、次の下剋上を基本とした戦国時代を生むことになったのは必然だったのだということは納得できました。本来統治機能を発揮しなければならない足利幕府がその機能をまったく果たせないということが、この応仁の乱を通して明らかになり、そうなれば各地で実力で支配をしようという勢力が出てくるのは当たり前のことです。この応仁の乱に出てくる人物自身あるいはその子孫がその後、戦国大名として名を馳せるわけですから、なるほどここがきっかけだったのかという発見の楽しさもありました。この本を読んで、16世紀後半の信長、秀吉、家康など有名どころが登場する戦国時代後半ではなく、そこに突入する以前の16世紀前半の戦国時代前半史と室町時代史を勉強したくなりました。歴史はつながっているなと改めて確認させてくれた本でした。(2017.4.4)

638.(映画)デミアン・チャゼル監督『ラ・ラ・ランド』(2016年・アメリカ)

 現在公開中でアカデミー賞を6部門も受賞したミュージカル映画です。ストーリーは単純ですが、音楽がいいです。ジャズはそんなに好きではなかったのですが、この映画を見ながら、ジャズバーに行ってみたいなと思いました。CGもそれなりには使っているのかもしれませんが、基本的には俳優陣の能力がそのまま出ている映画で、昔のミュージカル映画を思い起こさせます。こういう俳優の力がもろに出る映画は好きです。ストーリーは単純と書きましたが、夢を見る2人の男女がそれぞれの夢を追い求めつつ、恋にも落ちる。そして、その二人の恋は実るのかというオーソドックスな設定も王道でいいです。最後の場面での、もうひとつの人生を見せるというのも、なかなかよいアイデアです。何十年ぶりかでサウンドトラック・アルバムを買ってきて、今それを聞きながら書いています。(2017.3.27)

637.坂爪真吾『セックスと超高齢社会 「老後の性」と向き合う』NHK出版新書

 テレビで高齢社会の問題はしばしば取り上げられますが、このテーマが紹介されることはまずありません。しかし、今の日本社会において実は重要なテーマだと思います。若い方は、高齢者は性欲などはなくなり、枯れて暮らしているのだろうと思っている人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。身体的機能は衰えても、脳が元気であれば、性欲も十分あるという人はたくさんいます。いや、この本を読むと認知症になっても、性欲が残っている人すらかなりいるようです。ある意味、呆けていない方がまだましと言えるかもしれません。人間の性は、大脳がつかさどっているので、大脳がしっかりしていれば性欲もありますが、他方でそれをむやみやたら発揮してはいけないという抑制力も働きます。なので、大多数の高齢者はルールに従った方法で性欲を処理しようとしています。女性にも性欲はあると思いますが、現在の高齢者世代だと、女性は性欲を抑えなければならないと思いながら生きてきた人が多いので、女性の方はもう性欲はないと自己暗示をかけている人が多いでしょうが、男性は逆に性欲があることがまだ自分は現役だと思う根拠になったりする場合が多いので、高齢男性向けの性欲処理手段は様々なものが用意されています。この本では、その辺の事情を紹介してくれています。なかなか直視しにくいテーマですが、こういうことも現代社会においては考えていかなければならない問題だと改めて考えさせられました。(2017.3.26)

636.アキ・ロバーツ、竹内洋『アメリカの大学の裏側――「世界最高水準」は危機にあるのか?――』朝日新書

 竹内洋氏の長女であり、アメリカで大学教員となっているアキ・ロバーツ氏が、現代のアメリカの大学事情を紹介した書籍である。ロバーツ氏は、本来犯罪学と統計社会学が専門ということなので、この著作は専門家としての業績ではなく、単にアメリカで大学教員をやっている人なら、ある程度誰も書けるようなものであろう。しかし、アメリカの大学の事情がこんな状況になっていることは日本人にはそれほど広く知れ渡っていないだろうから、一般読者に向けて、こういう本が出されたことには意味がある。まあ興味を持つのは、一般読者というより、私のような大学関係者がほとんどだろうが……。

 それにしても、アメリカの大学はめちゃくちゃなことになっているなというのが読み終わっての感想だ。べらぼうな学費高騰、高額収入を得る管理職の増加、行き過ぎた学生中心主義等々。そのアメリカの大学をモデルにして、日本も様々な大学改革がめざされていることを考えると他人事ではない。こんな風にならなければいいがと願うばかりである。しかし、日本の大学教員はぬるま湯につかっているようなものだと批判されれば、それを甘んじて肯定せざるをえないような状況もある。日本の大学教員はもっと自覚をする必要があるだろう。(2017.3.21)

635.(TVドラマ)倉本聰脚本『北の国から』(19812002年・フジテレビ)

 この有名なドラマを今頃取り上げるのもどうかと思いますが、今ちょうど毎週日曜日の夜に、BSフジでスペシャル版を毎週放映しているので、取り上げることにしました。このドラマは、私が長い人生で観てきたドラマの中で確実にベスト3に入るドラマです。いやNo.1かもしれません。20年以上にわたって同じ出演者でその成長と変化を描くこんなドラマはもう2度と作れないでしょう。脚本家だけでなく、主要俳優陣が変わらずにちゃんと演じ続けることができるなんて奇跡です。

 超有名なドラマなので、一定年齢以上の人は観たことがないという人の方が少ないのではないかと思いますが、20歳代以下の若い人たちだと観たことがないという人が多いのではないかと思います。しかし、このドラマを観たことがないというのはあまりにもったいないです。わざわざレンタルで借りてくるのは二の足を踏む人も、今なら――あと3週間ですが――無料で観られますので、ぜひ観てほしいものです。

 まったく知らない人のために簡単に物語の概要を紹介しておくと、田中邦衛演じる黒板五郎が、いしだあゆみ演じる妻の不倫場面を見てしまい、小学生の長男と長女を連れて生まれ故郷の北海道富良野に帰るというところから物語は始まります。父親と一緒に母親の不倫を目撃してしまった中島朋子演じる蛍は北海道に適応しようとしますが、吉岡秀隆演じる長男・純は東京に戻りたいと抵抗をします。それでも、少しずつ北海道の大自然と人々になじんでいくというのが連続ドラマの時代のストーリーです。その後、スペシャルドラマが8本作られます。私がはまったのは、たぶん「’87 初恋」篇からだったと思います。それ以降、スペシャルドラマが放映されるのを楽しみにするとともに、過去の連続ドラマ時代のものも観て、そのスケールの大きさに圧倒されたものです。

 もしこれから観ようという方は、連続ドラマからすべて観るのはしんどいかもしれないので、スペシャルドラマ8本をご覧になることを薦めます。恋愛もからんだ青春ドラマがいいということであれば、私と同様「’87 初恋」篇から観ることをお勧めします。まあとりあえず興味が湧いたら、来週日曜日のBSフジを録画して観てください。絶対お勧めです。(2017.2.28)

634.水木しげる『総員玉砕せよ!』講談社文庫

 先日BSで放送されていた水木しげるに関するドキュメンタリー番組で、水木しげる自身がもっと思い入れのある漫画だと関係者が述べていたので、これはぜひ読んでおかなくてはと早速購入して読んでみました。水木しげる自身がニューギニアの戦地で経験したこと、見聞きしたことに基づいて書かれた戦記漫画で、著者のあとがきによれば90%は事実だそうです。水木しげるは絵柄がユーモラスなので、あまり重い気持ちにならずに読めてしまいますが、読み終わって改めてこの物語を現実の人間の顔で思い浮かべてみたら、まるで地獄絵のように思えてきます。勝ち目のない戦いであることがわかっているにもかかわらず、軍隊という組織は、生きたいというまっとうな感覚を捨てさせる場なのだということを強く訴えています。この漫画の戦記物としての魅力は、過酷な状況において普通の兵隊たちはただの生身の人として生きていたのだということと、玉砕に反対する将校も少なくなかったということがわかる点です。小説等だと、ストーリーの流れとあまり関係のない兵隊の日常などあまり描かれませんが、水木しげるは漫画の特性を活かしてそうしたシーンをしばしば入れ込みます。その結果、戦地という過酷な状況でも、人は平凡に生きていようとしているということがよく伝わってきて、非常に興味深かったです。(2017.2.27)

633.エドワード・ベア(田中昌太郎訳)『ラスト・エンペラー』ハヤカワ文庫

 1987年に公開された映画『ラスト・エンペラー』は素晴らしい映画で、お勧めの作品です。この本は映画の1シーンが表紙になっていますし、裏表紙の本の紹介部分でも「映画化された」と書いてあるので、映画の原作本だろうと思って読んだのですが、原作本ではありませんでした。ただし、映画スタッフたちと密な関係をもちながら書き上げられた伝記なので、実質的には原作本としても読めるような本です。

 主人公は、清朝最後の皇帝で満州国皇帝にもなった溥儀ですが、物語は西大后の物語から始まりますので、清朝の衰退から中国共産党政権ができ文化大革命あたりまでの人物に焦点を当てた中国史として読めます。実にたくさんの人物が出てきて1回読んだだけでは消化しきれないほどです。また著者のスタンスもやや偏りがあり気になるところもありますが、力作であることは間違いないでしょう。これだけたくさんの登場人物のキャラクターがしっかり描けるのは、並大抵の筆力ではありません。

 この本を楽しむためには、かなりの歴史的知識が必要ですが、ぜひチャレンジしてほしい1冊です。(2017.2.20)

632.瀬戸内寂聴『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』岩波現代文庫

 久しぶりに面白い本でした。瀬戸内寂聴の代表作と言われるだけのことはあります。あくまでも小説なのでしょうが、大正デモクラシーの時代の「新しい女たち」の生き方が生き生きと伝わってきます。副題が「伊藤野枝と大杉栄」となっていますが、基本的には伊藤野枝の伝記小説です。大杉栄は最終盤に出てくるだけです。しかし、大杉栄なしでも、この小説は成り立っていると思わせるほど、他の登場人物もよく描かれています。特に、伊藤野枝の最初の夫である辻潤や平塚らいてふについては、主人公の伊藤野枝に劣らないくらい人物像が見えてきて、それぞれの人物史をもっと調べたくなりました。そして、雑誌『青鞜』をめぐる当時の空気や「若い燕」という言葉を流行させたらいてふと奥村博史との恋、さらに終盤は、大杉栄と妻・保子、神近市子、野枝の4角関係が、その心情はこうだったのだろうと思えるほど豊かな描写力で描かれます。

 この大正の時期に登場した「新しき女たち」にとって、自由な恋愛をすることが、因習から自らを解放する上で非常に重要だったのだろうということがよくわかります。らいてふの『青鞜』と新しき女たちの登場という話は歴史で習うとあまり魅力的に伝わってこないのですが、この本では如何にそれがセンセーショナル出来事であったかが伝わってきます。久しぶりにお勧めの一冊です。この作品は、神近市子が大杉栄を刺す場面で終わってしまっているので、ぜひ続編にあたる『諧調は偽りなり』をぜひ読みたいと思います。(2017.2.18)

631.(映画)ジョージ・スティーヴンス監督『陽のあたる場所』(1951年・アメリカ)

 昔から名前だけ知っていた映画でしたが、BSで放映していたので録画して観ました。公開された時代の映画としては深みがあると思われたのかもしれませんが、現代の視点で見ると、あまり深みを感じられない映画です。モンゴメリー・クラフト演じる貧しく出世意欲の強い主人公の青年が伯父の経営する会社に雇われ、最初は同じく貧しい女工と恋仲になりますが、その後エリザベス・テーラー演じる美しい上流階級の娘と恋仲になり、女工が邪魔になり、湖に連れ出し、彼女を死なせてしまうという話です。意外に逮捕が早く逮捕されるかどうかがテーマというより、死なせた際に殺意があったのかどうかという裁判過程がかなり描かれます。裁判の過程では、殺意を否定していたのが、最終的には自分の心の中の潜在的な殺意を認め、死刑台に向かうところで映画は終わります。

 あまり深みのある作品ではないのですが、納得いかないところが多いので書きいておこうと思いました。最初の女工との恋は自然に受け止められるのですが、上流階級の娘がなぜこの主人公にそんなに惹かれたのかまったくわかりません。また恋人殺しの殺人犯として収監されている主人公のところにもやってきて、「まだ愛している。ずっと愛している」というところも、さっぱりわかりません。他の女と付き合っていたことを隠し、あまつさえ出世のためにその女を殺した男を、どうやったら愛し続けられるのでしょうか?現代の視点で見ると、あまりに心理描写が甘くよくできた作品とは言えないわけですが、これが名の通った作品でありえたことに時代を感じます。(2017.2.16)

630.尚古集成館編『島津家おもしろ歴史館』尚古集成館

 鹿児島の尚古集成館で見つけた本です。島津家と言うと、戦国時代の義久・義弘兄弟や幕末の斉彬・久光兄弟などは有名ですが、鎌倉以来700年近くに渡って薩摩地域を支配していた島津のその他の人々についてはあまり知らなかったので、なかなか興味深かったです。島津家は戦国時代や幕末のイメージで強固な結束をずっと持ち続けていたように思い込んでいましたが、全然そうでもなかったようです。戦国時代などは激しい家督争い、勢力争いが続いていたようで、九州制覇をあと一歩のところまで進めた義久・義弘兄弟の時代になってようやく、薩摩、大隅、日向の三州も統一できたそうです。九州制覇に向かっていく期間は短いことは知っていましたが、薩摩、大隅、日向すら、その段階でようやく制覇できたとは知りませんでした。他にもいろいろ新たに知った事実がありました。中学生くらいでも読めそうな優しい本ですが、こういう本から得られる知識も馬鹿になりません。(2017.2.12)

629.山崎洋子『〔伝説〕になった女たち』講談社文庫

 ココ・シャネル、マリリン・モンローなど、19世紀から20世紀を生きた著名な女性たち20人を紹介した本です。ほぼすべての人の名前は知っていましたが、詳しい人生は知らなかった人も多く、そうか、そういう人だったのかとちょっと勉強になりました。

 へえーと思ったことはたくさんあったのですが、少しだけ紹介しておくと、イギリス国王が王位を捨てた「世紀の恋」として有名なシンプソン夫人はまさか国王が地位を捨てるとは思っておらず、王妃になれると思っていたのに読みがはずれ、その後幸せだったのかどうかわからないとか、モナコ大公妃になったグレース・ケリーは、近寄りがたいような洗練された知的美しさを持ちながら、実はすぐに恋をしてしまう女性だったといった事実は意外でした。まだまだ知らないことはたくさんあり、知ることは楽しいなと思った本でした。

628.古川智映子『小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯』潮文庫

 昨年放映していた朝ドラ「あさが来た」のモデルである広岡浅子の生涯を描いた歴史小説です。小説と銘打っているので、史実でないところもあるのでしょうが、あとがきや解説を読むと、かなり史料にもきちんとあたったようですので、重要な部分は史実と一致しているのではないかと思います。ドラマを先に見ているので、どうしても史実とどこが同じでどこが違うのだろうかというところが気になってしまうのですが、一番大きな違いは、実家から連れてきた侍女の小藤という女性が、夫の広岡信五郎との間に4人もの子をなしていたという事実でしょうか。ただし、広岡浅子公認の間柄で、浅子と小藤の関係は生涯悪くなかったようです。あと、五代友厚との関係はこの本ではほんのわずかしか書かれておらず、ドラマで描かれたほどに深い関係ではなかったようです。全体としては、重要な史実はドラマでもおおよそ描かれていたようです。全体的な読後感としては、広岡浅子という女性はもっと注目されてよい存在だなと思いました。(2017.1.6)

627.(映画)三浦大輔監督『何者』(2016年・東宝)

 現代の就活がどんな風に描かれているんだろうというだけの興味で観にいたのですが、意外な展開で面白かったです。予告編の作り方がうまいというかずるいというか、予告編を見るとより騙されるようになっています。私は就活生とはまったく異なる立場にいるので、客観的にストーリーを楽しみましたが、就活を終えたばかりの学生さんやこれから就活が始まる学生さんは、私のように単純には楽しめないかもしれませんね。「君の名は。」よりずっとよくできた映画だと思うのですが、この映画が大ヒットしているとは聞こえてきませんので、若人には重苦しい映画に思えるのかもしれません。学生や若い社会人の感想が聞いてみたいものです。(2016.11.20)

626.(映画)市川準監督『トキワ荘の青春』(1996年・日本)

 BSで放送していたので、録画して見てみました。本木雅弘が主演なのでもっと新しい映画かと思いましたが、意外に20年も前の映画でした。トキワ荘というのは練馬区に実際にあった木造アパートで採捕手塚治虫が住み、それをきっかけにマンガ志望の若者が集まってきたマンガ界のレジェンドのようなスポットです。ここに住んでいた漫画家で後に有名になった人としては、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などがいますが、主人公は本木雅弘演じる寺田ヒロオです。1970年ごろに筆を折ってしまいましたので、今の若い方々はご存じないでしょうが、私はこのマンが家のマンガが好きでした。この映画の中でも、寺田ヒロオが「マンガが古いから変えた方がいい」と編集者からアドバイスされ悩みますが、自分はこういう漫画を描きたいのだと我が道を行きます。映画ではその後は描かれませんが、上に述べたように、暴力や性などが受ける時代に迎合するのをよしとせず、筆を断ってしまうわけです。世の中を行く抜くのが下手な漫画家だったと思いますが、私のように、寺田ヒロオの誠実なマンガが好きで、ある種の道徳心みたいなものをそこから学んだ人間もいますので、寺田ヒロオ氏には、「あなたは間違っていなかった」と言ってあげたい気分です。

 映画としては大きなヤマのない淡々とした映画ですが、マンガに夢を見て貧乏してでも夢を叶えようとする、この時期の若者の姿が等身大で描かれていて好印象の作品でした。(2016.11.18)

625.坂東眞砂子『桜雨』集英社文庫

 この作家の小説を読むのは初めてですが、意外に面白かったです。現代(1990年代半ば)と戦時中が交互に語られる物語で、両時代に登場する人物が何人かいます。それほど謎な感じもしないので、最後は普通につながるのだろうと思っていたら、ちょっとだけ意外な展開が最後に待っていました。映画「シックス・センス」の真似かと一瞬思いましたが、この小説の発表は1995年なので、この小説の方が「シックス・センス」より早く世に出ていますので、作家自身のアイデアだったようです。この小説は、「島清恋愛文学賞」を受賞していますが、確かにしいてジャンルを選べば、恋愛小説の一種だろうなと思います。個人的に非常に興味深かったのは、この小説の舞台となる池袋あたりに、戦前画家たくさん住み、「池袋モンパルナス」と呼ばれるような地区があったという事実を知ったことでした。(2016.11.11)

624.井上荒野『不恰好な朝の馬』講談社文庫

7本の短編が微妙につながっている連作短編集です。この作家は初めて読みました。感想はというと、下手ではないけれど、私の好きなタイプの作家ではないなというものです。私は、ストーリーに起承転結を求めるオーソドックスなタイプの読み手なので、この作品のように各短編もこれといったオチがなく、連作全体を通しても、結局結論的なものは何も出てきません。しいて言えば、人間を描きたかったのかなと思うくらいです。たぶん、もうこの作家の作品は読まないと思います。(2016.10.19)

623.(TVドラマ)柴田岳志演出『夏目漱石の妻(全4回)』(2016年・NHK

 今日まで4回もので放映された土曜ドラマですが、名作でした。こんな素晴らしいドラマはいつ以来だろうと思うほどです。きっとテレビドラマ史上に名を残す名作として後々も語り継がれるでしょう。いいところばかりですが、特に主演の尾野真千子が素晴らしいです。尾野真千子の表情をアップで長く撮る場面がたくさんありますが、何もセリフを言わないのに、その表情を見ているだけで、万感の思いが伝わってきます。また、喧嘩の場面では早口で言い合うこともあるのですが、そこまた見事です。漱石のうっとうしく思う気持ちがよくわかると思えるような演技を見せます。彼女はもう間違いなく日本を代表する名女優です。感心しました。次に、長谷川博巳の漱石も実にいいです。こちらも見事な演技力で、一般に流布している文豪・漱石のイメージをぶち壊して、生身の過剰に神経質な漱石を見事に演じています。『シン・ゴジラ』のしょうもない主役より、このドラマこそ俳優・長谷川博巳の演技力が高いものだと感じさせてくれます。脚本も素晴らしいです。そういうところに焦点を当てるか、そういうサブストーリーを入れてくるかと感心しました。そしてピアノ曲を中心とした音楽も素晴らしいです。見ていなかった人は、再放送等があったらぜひ見てください。テレビドラマ史上に残る傑作ですので。(2016.10.15)

622.桜木紫乃『氷平線』文春文庫

 華やかさの全くない北海道を舞台に男と女の人間模様を描いた6本の短編集です。この作家の文章は非常に綺麗です。エロチックな場面も多いのですが、それをいやらしく感じさせない表現力があり、読ませます。これが第1作品集だというのですから、たいしたものです。デビューまで苦労しているようなので、その間に力をつけたのでしょう。ただし、文章の繊細さや品の良さなどは完成によるところも大きい気がしますので、もともとセンスはあったのだと思います。

この作品集では、ストーリーは、本のタイトルになった「氷平線」という物語以外は、あまりドラマティックな物語はないのですが、それでもどうなっていくのだろうと先を読み進めたくなります。上手い作家です。これからも、この作家の作品は見つけたら読みたくなりそうです。(2016.10.14)

621.笹本稜平『時の渚』文春文庫

 サントリー・ミステリー大賞を取ったという解説があったので、知らない作家でしたが、買って読んでみました。サントリー・ミステリー大賞を取った作品はこれまでにもいくつか読んだことがありますが、どれもたいした作品ではなかったので、あまり期待もしませんでしたが、この作品もやっぱりという感じでした。サントリー・ミステリー大賞は、レベルの低い賞だという評価が自分の中で確定しつつあります。

 さて、この作品のどこがだめなのかと言えば、ストーリーが無理矢理すぎること、登場人物の描き方が浅いことです。たぶん、作家は自分なりに面白いプロットを作れたと思い、そのプロットを実現するために、登場人物はすべて都合のよい人物にしてしまっています。初めて会った人間なのに信頼してべらべら何でも話す人間ばかりですし、最後に隠された真実を明瞭に話す老女は、物語の途中では半分認知症気味で記憶もはっきりしないと言っていたのに、とかいろいろあります。

 結末を意外なものにするために、そんな強引な結び付け方をするかとツッコミをいれたくなるところがたくさんあります。たぶん、この作家の作品はもう読まないでしょう。(2016.10.12)

620.里見蘭『さよなら、ベイビー』新潮文庫

 まったく名前を知らない作家でしたが、まあ108円ならはずれでもいいかと思い買ってみました。文庫本の内容紹介に「痛快青春ミステリー」と書いてあり、さわやか青年が活躍する軽い物語だろうと思って読み始めたのですが、かなり複雑なパズルのような話の作りで、最後までどうなるのか予想ができず、一気読みをしてしまいました。主人公の青年は全然爽やかではなく、母親を失ってそのショックから引きこもりをしています。そこに、父親がよそから預かったという赤ん坊を連れて帰って来るのですが、その3日後に急死してしまいます。後に残された青年は仕方なく赤ん坊の世話をしなければならなくなります。とこういうストーリー紹介だと、まったく面白くなさそうですね()

ストーリーはその青年と赤ん坊の話が進む章と、異なる話が進む章が交互に進行し、どうやらこれは時間軸が違う物語を並行させて進めるパターンだなということは最初から読めます。問題は、この2つの物語をどうつなぐのだろうというところに興味が移るのですが、ここがなかなか読みづらいところで、結局最後の謎解きまでわかりませんでした。途中何回か戻って読み直しながら分析していたのですが、相当複雑に作ってあるので、途中で読み切るのは難しいだろうと思います。謎が読者に最後まで分からないという点では、読み応えがあると言えます。また、妊娠、出産、未婚の母、特別養子制度、乳児連れでの行動制約などの社会的テーマも組み込まれているので、一応力作と評価できると思います。

ただし、この複雑な物語を生み出すために、わざと読者が誤読しやすいように設定していたりする点と、引きこもりで生活知がないはずの主人公の青年が、妙に女性ファッションに関しては詳しかったりするといった細かい点では気になるところがありました。まあでも、若い人たちならきっと興味深く読めるだろうと思います。(2016.9.19)

619.(映画)李相日監督『怒り』(2016年・東宝)

 珍しく公開初日に見に行ってきました。そんなに期待していたかというとそれほどでもないのですが、授業が始まったら、なかなか時間が取れないだろうなと思ったので、ちょうど時間的タイミングがよかったので見に行ったということなのですが……。まあでも、もちろんたくさん見られる映画がある中で選んだわけですから、もちろんそれなりの期待感はありましたし、見終わった感想としてはまあ悪くはなかったです。一番印象が強かったのは、役者さんたちの演技力と映画の編集の力です。主役を張れるような有名俳優が何人も出ていますが、特に、宮崎あおい、妻夫木聡、森山未來、広瀬すずが印象に残りました。東京と千葉と沖縄で物語が展開します。最初に殺人事件が起こり、その犯人は誰かというのがこの物語の核をなしているわけですが、三つの地域に1人ずつ怪しい人物がおり、それぞれ犯人ではないかと疑われ、周りがそれをどう受け止めるかという人間ドラマにもなっています。詳しく書くと、これから見に行こうという人の楽しみを奪うことになってしまいますので、これ以上書くのはやめます。最後にひとつだけ付け加えておくと、「怒り」の原因がどこにあったのかが最後まで見ていても、もうひとつ納得できない感じだったのは残念でした。原作小説ではどうなっているのか、いつか読んでみたいと思います。(2016.9.18)

618.乾くるみ『クラリネット症候群』徳間文庫

 『イニシエーション・ラブ』で有名な作家の中編2作が掲載された文庫本です。この作家は設定にこだわります。他の人が思いつかないような設定を考えることに必死になっている気がします。1本目は、「マリオネット症候群」というタイトルで、別の人格が入り込むというよくある設定ですが、通常は入れ替わりになるというパターンが多いわけですが、この物語では入れ替わりではなく、殺された人物の人格が殺した人物の中に入り込むという設定です。殺した人物の人格はそのまま内部に残りますが、声も出せなければ身体をコントロールすることもできない内部に意識だけある第三者のような存在になります。なるほどこういう設定は誰もやっていなかったものかもしれませんので、どういう展開をしていくのだろうと最初ちょっと期待しましたが、その設定を作れたことで満足したのか、その後の展開はまるでユーモア小説のようでかなり拍子抜けしました。

 2本目は書物のタイトルになっている「クラリネット症候群」ですが、タイトルから一体どんな症候群なのだろうとまったく想像ができなかったのですが、なんと「クラリネットを壊しちゃった」という歌の歌詞をアイデアとして利用してあり、「ドレミファソラシ」の音が日常会話で聞こえなくなるという症候群の設定でした。この物語も、この設定を作ることに8割のエネルギーが割かれている感じで、それ以外のストーリーはまったくしょうもないものです。まあでも、こういうなかなか面白い設定を作りたがる作家なので、それがストーリーにもうまく反映出来たら、『イニシエーション・ラブ』のような大ヒットもまた生まれることもあるのかもしれません。(2016.9.18)

617.桜木紫乃『硝子の葦』新潮文庫

 数年前に『ホテルローヤル』という作品で直木賞を取った時に名前を知った作家ですが、一度読んでみたいなと思っていたところ、ブックオフで108円でこの本が売っていたので、これ幸いと買って読んでみました。内容はミステリー要素が強いのですが、なんとなく純文学的な雰囲気も持っています。登場人物の人間関係が複雑です。ここで簡単に紹介できないほどです。どの人物も一癖も二癖もあるため、ストーリー以上に、登場人物の複雑な心理に目が行ってしまうため、ミステリーとして早く結末を知りたいという読み方にはなりません。基本的に、ミステリー系の作家ではないのでしょう。文章は下手ではないので、次の作品を読んでみようと思います。この作家が優れたプロの作家足りうるか否かは、もう何冊か読んでから評価したいと思います。(2016.9.16)

616.真野朋子『夫と妻と女たち』幻冬舎文庫

 全然面白くない本で、もう二度とこの作家の小説は読まないと思いますが、ここに書いておかないと読んだことも忘れそうなので書いておきます。5つの物語がつながっている連作短編集です。個々の短編には女性の名前がついていて、そこに共通の1人の男性が絡みます。ストーリーは非常に単純な恋愛物語で、かならずセックスが描かれます。まあざくっと言ってしまえば、女性向けのポルノ小説です。作家はもともとジュニア小説家としてデビューしたそうですので、ちょうど少女漫画家がレディースコミックの描き手になったのと同じような構図です。内容的にも、レディースコミック・レベルです。男と女の絡み以外何も書いていないような深みのまったくのない小説でした。(2016.9.13)

615.吉田修一『平成猿蟹合戦図』朝日文庫

 また吉田修一です()この作家はドラマの作り方がうまいので、ついつい読んでしまいます。物語の始まりから、最後の結末がこういう風になるとはまったく想定できないような意外な展開をします。やや飛躍や楽観的な展開があるものの、ありえなくはないかもしれないという気持ちにさせてくれるので、なかなかおもしろいエンターテインメント小説として評価できると思います。

 さて、ストーリーですが、長崎県五島列島の福江島から1人の若い女性が乳飲み子を連れて博多に出てくるところから話が始まります。この女性が主人公なのかなと一瞬思わせますが、この女性は脇役です。島を出た夫を探しにきたのですが、博多に着くと、そこの仕事はやめ東京に行ったと聞かされ、そのまま東京へ行き、歌舞伎町のホストクラブで働いている夫を待ちますが、会えません。代わりに、夫を知っているというバーテンダーをしている青年と知り合います。この青年が本書の主人公になります。この展開だと歌舞伎町の風俗街を中心とした人間模様かなと想像したくなりますが、それも添え物的位置づけです。

 この青年が轢き逃げ事故を見ていたこと、そして自首してきた人間が轢き逃げ事故を起こした人物と違うことに気づいていたことから、ストーリーは複雑に絡み合って展開していきます。そして、なんとこの青年が衆議院選挙に立候補するというところまで話はつながっていきます。なんだか、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話で、支離滅裂なストーリーだなという印象を持たれそうですが、それを読ませてしまう筆力が吉田修一にはあります。

 ドラマや映画にしやすそうなので、もう実写化されているのかなと調べてみたら、2014年にWOWOWで連続ドラマ化されていました。主役は高良健吾と鈴木京香。鈴木京香の役は、衆議院選挙に立候補した青年の敏腕マネージャーです。読む前に知らなくてよかったです。2人とも、私が読みながらイメージしていた人物像とはかなりずれます。

 最後にひとつこの小説にケチをつけるなら、タイトルです。一体なぜこのタイトルにしたのか、読み終わってもわかりませんでした。『週刊朝日』の連載小説だったようなので、最初にタイトルをつけてイメージしていたものとはかなり違う展開になってしまったのかなと思います。強いて考えれば、最後の選挙の際の相手候補がやりたい放題の「猿」で、それをなんの力もない「蟹」青年が、みんなの力を借りて打ち破れるかどうかというストーリーということでしょうか。でも、この小説はタイトルで損をしている気がします。もう少し魅力的なタイトルをつけたらもっと評判になってもよい本だと思いました。(2016.9.12)

614.東野圭吾『パラドックス13』講談社文庫

 久しぶりに東野圭吾を読みました。やはりうまいです。500頁を超える本ですが、一気に読み終えてしまいました。ジャンルは、SFサスペンスとでも言うのでしょうか。SFなので細かい設定を説明するのは難しいのですが、要は宇宙の特別な力が働いて、313131313秒から13秒間の時間が消えてしまうという事態が起きます。その13秒間にあることに遭遇した13名だけが東京――もしかしたら世界――に生存している動物となっています。東京は何も変わっていないように見えて、動物が13名の人間しかいないと彼らは気づきます。そして、それから異様な天変地異が次々に起こり、東京はその姿を変えていきます。なんとか生き延びようとする彼らに次々に難題が生じます。この現象は一体なんなのか、なぜ自分たちしか存在しないのか、これから自分たちはどうしたらいいのか、という謎とサバイバルのストーリーになっています。結末を書いてしまうと、読む楽しみがなくなるので書きませんが、最後はどうなるのだろうと気になって一気に読みたくなる物語です。少しだけケチをつけると、搭乗人物のキャラクターに深みがなく、心理描写の優れた人間ドラマとしては高い評価を与えにくいです。まあ東野圭吾の人物造形は、どの小説でもそんな感じなので、いつものことなのですが。(2016.9.7)

613.(映画)庵野秀明監督『シン・ゴジラ』(2016年・東宝)

 評判がよいようだったので見に行ってきました。前半は見応えがありましたが、後半はがっかりしました。前半のゴジラの進化などは予想外で「へえー」と思いながら見ていましたし、未知の巨大生物が現れた時に政府等がどう対処するのかというあたりはまあまあリアルな感じがして興味深く見ていたのですが、ミサイル弾でもまったくびくともしないとなってからのストーリーはリアリティがまったくなく、最後の冷凍液の注入の仕方のアナログぶりには唖然としてしまいました。ミサイル弾を撃ち込んでもびくともしないゴジラが、爆薬をつんだ電車をぶつけただけで倒れて、注水車のホースが届くちょうどよいところまで倒れおとなしく口から冷凍液を注入されるとは……。どうせなら、人類の力ではゴジラは倒せず、ゴジラが自分で海に戻っていくという結末の方がよかったのではないかと思います。それにしても、そもそもなぜゴジラは上陸してきたのでしょうか?謎の博士が何かしたのでしょうか?まあでも、そんなところにこだわる映画ではないのでしょうね。やはり私が楽しめるような映画ではなかったです。(2016.9.6)

612.百田尚樹『プリズム』幻冬舎文庫

 いろいろ問題発言の多い百田尚樹ですが、小説作りはそれなりにうまいし、読ませます。本書は、多重人格障害の人物の存在を核にした物語で、なかなか面白いです。ヒロインの女性は、多重人格として現れるひとつの人格に恋心をいだき、男女の関係にまでなってしまいます。しかし、他の人格の中には受け入れがたい人格もあるという複雑な状況になります。サスペンスの要素のある小説なので、結末まで書いてしまうのは無粋だと思いますので、ストーリー紹介はこのくらいにしておきたいと思います。ストーリー以外のことで興味を持ったのは、やはり多重人格という病気についてです。そもそもこの病気は本当に存在するのかについても疑問を持つ人は多いのではないかと思います。『24人のビリー・ミリガン』以来、多重人格という病気が知られ存在するということになっていますが、通常我々はそんな人間とは出会うことはないと思いながら生きています。もしも同じ人物がまったく異なるキャラクターとなって登場するなんてことはないと思いながら生きています。多少、表の顔と裏の顔がまったく違う人がいたとしても、それは異なる状況が異なるキャラクターを演じさせているだけと考えるのが普通で、本人はその異なるキャラクターを演じていることをきちんと理解しているものと信じています。異なる人格の時の記憶がないなんて多重人格の人ではないことを前提に生きています。この小説を読んでも、あくまでもフィクションだから成立する話だと思いながら読みました。実際にそういう人物に会ったら怖いだけで、恋をするなんて普通はできないだろうと思いました。(2016.9.6)

611.乃南アサ『ボクの町』新潮文庫

 乃南アサの作品はたくさん読んでいて、この本も前から持ってはいたのですが、コメディということだったのでまあそのうち疲れた時にでも読むかとずっと放置していました。で、まあそろそろ読むかということで読んでみました。やはり乃南アサなので文章は読みやすくさらりと読めてしまいました。で、コメディと言えばコメディなのかもしれませんが、一応警察官というのがどういう仕事なのかを考えさせてくれる小説でもあります。通常小説に出てくる警察官というと、刑事とか警務畑の人といった立場の人が多いですが、この小説の主人公は、研修で交番勤務しているという新人警察官です。それも、自分が仕事に合っているかどうか悩み続ける若者です。地域の交番でどのような仕事をしているかということを、我々は知っているようで知らないので、なるほど交番勤務というのはこういう仕事をしているのかと知識になりました。(2016.8.31)

610.(映画)内村光良監督『ボクたちの交換日記』(2013年・日本)

 若い人たちはとっくに見ている映画だろうと思いますが、NHKBSで放映していたのでなんとなく録画して初めて見てみたのですが、意外に面白かったです。ウッチャンが監督なんて素人監督ではたいしたものではないだろうと思っていたのですが、コンビ役の小出恵介と伊藤淳史が見事な演技で、本当にコンビでやっていけるのではと思わせてくれました。最後の17年後がちょっと映像的にはいかがなものかという感じはしましたが、ストーリー的にはよくできていたと思います。鈴木おさむの原作がいいのでしょう。長澤まさみや木村文乃という美人女優が出ていたことで目の保養にはなりましたが、なぜあんな美人が売れない芸人を好きになるのだろうというところに、かなり違和感をもってしまいました。もうちょっと気はいいけれど美人ではない尽くし型のイメージのある女優さんを使ってくれた方が作品としてのまとまりはよかっただろうなと思いました。まあでも、いい作品だと思います。(2016.8.30)

609.(映画)クリント・イーストウッド監督『恐怖のメロディ』(1971年・アメリカ)

 今や名監督と呼ばれつつあるクリント・イーストウッドが初めて監督した作品で、主演も自分で務めています。内容は、ヒッチコック風のサイコ・スリラーです。地方ラジオのDJを務める二枚目の主人公がファンの女性と一晩関係を持ってしまい、それ以降その女性のストーカー行為に悩まされます。犯人役の女優さんの目が本当に怖く、夜中に1人で見ていたら本気でぞっとしてしまいました。現代では、こういうストーカー行為というのはよく聞く話でそれほど珍しいテーマではないかもしれませんが、今から45年前の映画で「ストーカー」という言葉も存在していなかった時代だと考えると、クリント・イーストウッドの目の付け所はやはりなかなかのものです。ストーリーに直接関係ない音楽やファッション等が1960年代終わりから1970年代はじめの雰囲気をよく伝えていて、時代の雰囲気が伝わる映画としても見ることができます。夏の夜にスリルを味わいたいと思う人にはお勧めです。(2016.8.28

608.貝塚茂樹責任編集『世界の歴史1 古代文明の発見』中公文庫

 今大阪で開催されている「始皇帝と兵馬俑展」を先日見てきたのですが、そう言えば、古代中国の歴史をよく知らないなと思って、この本を引っ張り出して読んでみました。本の3分の2が中国の古代の歴史を扱ったもので伝説的な時代から後漢まで紹介されています。殷、周、春秋、戦国、秦、前漢、新、後漢、三国と、昔、国の名前と時代だけ覚えましたが、詳しいことはほとんど頭に入っていませんでした。「戦国時代」や「三国時代」はまあわかるとして、「春秋時代」って、そもそもどこからそのネーミングが来ているのかすら知らないまま覚えていたわけです。(ちなみに、「春秋」というネーミングは、孔子が書いた書名から来ています。)1700年くらいの時間が文庫本の3分の2の量で語られるのでかなり消化不良を起こしましたが、孔子、始皇帝、項羽と劉邦、武帝、光武帝、曹操など、中国史上の有名人がおおよそどの時代の人でどういう役割を果たしたかは理解できました。さらに、我々が故事ことわざとしてよく知っている言葉の元になった逸話が、この時期の歴史だったのだということをいろいろと知ることができました。(たとえば、「呉越同舟」「臥薪嘗胆」「漁夫の利」「太公望」など。)現代の我々はちゃんと認識していませんが、日本の文化は中国に大きな影響を受けているなと改めて思いました。

 この本の後半3分の1は、インダス、メソポタミア、エジプト、地中海東部などを扱っています。インダスに関しては簡単にしか扱わず、主としてメソポタミア、エジプト、地中海東部という「肥沃な三日月地帯」の古代史についてです。しかし、これも本来なら1冊かけて語るべき内容を3分の1の量で紹介しているので、十分消化しきれません。唯一強く思ったことがなるほど「四大文明」というのは正しくなく、この「肥沃な三日月地帯」こそが、人類の文化が最初に結実した地域なのだということです。中国で殷王朝ができたのは紀元前1500年頃と推測されるのに対し、シュメール人がメソポタミア南部に都市国家を形成したのは紀元前3200年頃、エジプトに初期王朝が建設されたのは紀元前3100年頃と推測されていますので、そこには1500年以上の差があります。(インダス文明とメソポタミア文明の交流は紀元前2500年くらいにはあったと確認されるようです。)「世界の四大文明」と言う言い方は100年ほど前に中国で生まれ、中国以外では日本だけが受け入れていると聞いたことがあるのですが、改めて古代の歴史を学ぶと、「確かになあ」と思わざるをえません。(2016.8.27)

607.(映画)ジョセフ・コシンスキー監督『オブリビオン』(2013年・アメリカ)

 滅多にSF映画は見ないのですが、謎があるようなことが書いてあったのでちょっと気になって見てみました。ストーリーを前半の方だけ簡単に紹介します。異星人が攻めてきてそれと戦うために核兵器を使いまくった地球は放射能に汚染されて人間が住めなくなり、土星の惑星タイタンに移住し、2名の男女のみが、残存している異星人からプラントを守るために地球にいて監視業務を行っています。その男性の方がトム・クルーズが演じる主人公ジャック・ハーパーです。そこに冬眠状態だった宇宙飛行士45名を乗せた60年前のロケットが不時着します。しかし、1人の女性を残してすべて冬眠器ごと、監視業務を行っている兵器によって破壊されてしまいます。唯一残った女性は冬眠から覚めると、トム・クルーズ演じる主人公に「ジャック」と呼びかけます。主人公の方も、いつも夢で見る女性と同じ顔をしていることを不思議に思います。このあたりから、様々な謎とそれがどういうことだったのかというストーリーになっていきますが、あまり書くとネタバレになって、これから見ようと思う人に申し訳ないので、ストーリーはここまでとしておきます。

 見終わった後、まあまあ面白いけど、なんかすっきりしないなという気分も残ります。そこは無理があるんじゃないかとか謎解きがちゃんとできていないんじゃないかとかその終わり方でいいのかとか、大分気になるところがあったので、ネットでどんな風に書かれているんだろうと調べてみたところ、いろいろ面白い解説やツッコミをしている人がたくさんいて、大笑いをしてしまいました。ぜひ映画をご覧になった方は、ネットでそうした情報を調べてみてください。映画そのものより面白いですよ。(2016.8.27

606.菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書

 603で『日本会議の正体』という本を紹介しましたが、こちらの本の方が優れているという知人がいたので、こちらも読んでみました。確かに古い資料を探し出してきて資料に基づいて語ろうとしている点は評価ができますが、叙述の仕方はかなり著者の感情的な批判が強く出すぎていて、人物像も批判的な紹介の仕方になっていて、客観性が保持されているとは言えないと思いました。『日本会議の正体』という本の方が後に出ていることもあり、この本を後で読んでしまうと新鮮味はないです。先に読んでいたら、たぶんもう少し評価できたと思います。『日本会議の正体』とやや違うのは、そちらではそれほど重要な人物として扱われていなかった安東巌という人物が隠れたカリスマだと指摘されている点です。そうなのか、そうでないのかは、この人物が他のメディア等でも紹介されないと確定できないです。

 いずれにしろ、「日本会議」について2冊読み、静かに日本を変えつつある――変えようとしている方向は荒々しいものですが――勢力が大きな力を持ちつつあることに、やはり幾分の怖さを感じます。北一輝や大川周明が若き将校たちの指針となった昭和初期に似てきているのではないかと、さすがに心配になってきました。明治憲法を理想として、天皇を神扱いにするなんて、今の今上天皇はまったく望んでいないと思います。日本の歴史と文化の素晴らしさを見直すのはいいことだと思いますが、それが戦前社会の全面的な肯定になるなら、きちんと反対していかなければならないでしょう。(2016.8.23)

605.吉田修一『さよなら渓谷』新潮文庫

 下の小説と違ってこちらはストーリーがあり、なかなか読ませます。ちょっとした推理小説的な面白さもあります。まあ推理小説的な謎解きというよりは、やはり人間心理を描いた作品ですが、平凡ではない設定なので、その状況なら、確かに人は悩むし、どう生きていけるだろうかということを考えさせる作品です。多少ネタばれになりますが、少し紹介しておくと、ある渓谷のそばの住宅地で小さな子どもが川に落ちて溺れ死ぬという事件があり、その子の母親が怪しいということでマスコミが集まっているという物語で始まります。しかし、その事件も母親も、単なる導入に過ぎず、物語の中心は隣家の夫婦に移っていきます。その夫婦が複雑な過去を抱えているという話が展開していきます。この物語には社会学的な背景も感じられるので、私は興味深く読みました。ちなみに、すでに映画化されていて、主役を真木よう子が務めて、アカデミー主演女優賞を取っていますが、レビューは評価が分かれています。小説の中の女性は、私のイメージではもう少し薄幸な感じがする女性なのですが、テレビで放映してくれたら見てみたいと思います。(2016.8.20)

604.吉田修一『パークライフ』文春文庫

 相変わらず芥川賞作品はつまらないなあというのが読後感です。吉田修一はなかなかうまい書き手だと思うのですが、芥川賞というのは――というか純文学というのはといった方がいいのでしょうが――、どうしてこんなにつまらないのかなと思ってしまいます。なんなのかなあ、読み終わって、いつも持つこの不満感は。改めて分析してみると、純文学は心理学的であって社会学的ではないということなのかもしれません。人間のちまちました心理を克明に描いていて、大きな物語やストーリー、社会背景なんてものはほとんど重視されていないのが、私が面白いと思えない理由なのだと思います。そんな人物の、そんな微妙な心理なんてどうでもいいとつい思ってしまいます。

 こんな純文学に対する愚痴だけでは、この本についてはまったく紹介になっていないですね。この本は2つの中編小説からなり、前半が「パークライフ」という小説でこれが芥川賞を取った方です。日比谷公園で出会った女性とのなんということもない会話を中心に、主人公の男性の特に事件も起こらない日常が描かれます。山場らしい山場もないです。後半は、「flowers」という小説で、こちらの方がちょっと面白いです。田舎から出てきた若い男性の仕事場を中心とした奇妙な人間関係が描かれます。こちらの物語には、どうなるのかなという期待感とちょっとした山場があり、「パークライフ」よりは読む意欲が湧きました。この後も、この主人公はどうなっていくのだろうという興味ももてるくらいにはよかったです。ただし、「flowers」というタイトルをつけるほど、花は活きていない気がしましたが。(2016.8.19)

603.青木理『日本会議の正体』平凡社新書

 安倍首相と近い関係にあり、安倍内閣の政策決定にも影響を与えていると言われる日本会議とはどのような団体なのかを紹介した本です。日本会議についてはテレビや新聞があまり詳しく報じることがないので、右寄りの保守的団体で憲法改正をめざす団体というくらいしか、私も認識を持っていませんでしたが、この本である程度その実態がわかりました。著者は、日本会議に批判的な立場に立つと明言していますが、叙述するにあたっては、批判すべき相手の主張も正確に伝えるべきというスタンスを堅持していますので、ニュートラルに読めます。日本会議は、1997年に、「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」が合流してできた団体です。保守系の著名人はほぼ入っていますし、自民党を中心として280名以上の国会議員も入会しています。元になった「日本を守る国民会議」は、1981年に文化人、政治家、経営者などが集まって作られた団体で、「日本を守る会」は1974年にできた、神社本庁など右派の宗教団体を中心に作られた団体です。思想的な一致点も多く人脈的な重なりも大きかったため、ひとつの組織にした方がよいだろうということになったようです。

 現在の「生長の家」は日本会議とはかなり異なる立場になっているようですが、もともとはこの生長の家を創始した谷口雅春の思想を原点としてもつ人が、日本会議の中心的メンバーに多くいるようです。谷口雅春自体は戦前から活動を開始し、戦争中は国家のために相当協力的な姿勢を取り、戦後も基本的にはその姿勢を変えなかった人です。彼の思想が改めて見直されるようになってきたのは、1960年代の左翼系の運動が原因であったようです。日本を社会主義にすることをめざすような勢力が伸長する中で、「日本の伝統文化を守らなければ」という人々が現れ、彼らに影響を与えたのが谷口雅春の思想だったそうです。その思想は、日本の国のあり方は天皇中心であるべきで、その長い歴史は世界でも稀有な素晴らしいもので、他国に誇りうるものだという考え方です。

 当初は小勢力で復古主義的と批判されるような立場の人々でしたが、左翼系運動がどんどん国民の支持を失っていく中で、少しずつ結果を出していきます。「元号法制化」「自虐史観の批判」「選択的夫婦別姓法制化阻止」「国旗国歌法の制定」「皇室典範改正阻止」「教育基本法改正」「憲法改正のための国民投票法の制定」等々。90年代くらいまでは、阻止の運動に力を入れていたのが、安倍晋三が首相になってからは、自分たちの価値観を国家政策に反映させることができるようになってきています。次にめざすのは、確実に憲法改正でしょう。

 この本の著者も最後に述べていましたが、こんなに日本会議の影響力が強まってきたのは、日本会議自体が戦略を変えたとか、組織を急拡大させたというよりも、今の日本社会が、こういう思想を肯定するような時代になっているからだと思います。私は、日本会議の主張に全面的に反対するという立場ではないですが、かと言って、全面的に肯定できるわけでもありません。憲法は国会で発議されて国民投票で過半数を取れるなら改正されることもありだろうとは思いますが、神話の世界をそのまま日本の歴史としてしまうことや、選択的別姓夫婦を断固として認めないといった主張などには賛成できません。

 自分の生まれた国を愛し、その国の人間としての自負心を持ちたいというのは自然な感情でしょう。ただ、それを過剰に高めすぎた自国中心主義にして、いざとなれば戦争をしてでも自国の有利になるように解決するのだという意識にまで転化させてしまうことの危険性も指摘しておかなければならないと思います。「穏やかな愛国主義」に留まるためにも、日本人は日本会議とはどのような団体か知っておいた方がいいと思います。(2016.8.12)

602.河原敏明『昭和天皇の妹君 謎につつまれた悲劇の皇女』文春文庫

 昭和天皇の3番目の弟にあたる三笠宮は実は男女の双子で、生まれたばかりの娘はこっそりとよそに出され、その後奈良県にある円照寺という門跡寺院の住職になっているという事実を書いた本です。本人も宮内庁も認めていないので、歴史的事実にはなっていませんが、読む限りはたぶん事実だろうと思います。では、そもそもなぜ双子としてちゃんと育てなかったかですが、大正天皇の皇后であった節子皇后(のちの貞明皇后)は占いや伝承などを非常に気にする保守的な方で、双子は「畜生腹」と呼ばれたり、男女の双子は前生における情死者の生まれ変わりという俗信を信じていたために、双子など生まれなかったことにしようとしたようです。その事実は興味深いのですが、結局この本はそのことしか書いていないので、1冊読むほどの内容ではありません。(2016.8.9)

601.(映画)ダーヴィト・ヴネント監督『帰ってきたヒットラー』(2015年・ドイツ)

 以前に予告編を見た時に、ちょっと面白そうなコメディ映画かなと思って観てきましたが、これはコメディ映画ではなかったです。ヒットラーがなぜか2014年のドイツに生き返ってしまい、最初の内はヒットラーを演じている芸人と思われますが、テレビでドイツに対する愛国的な発言を続けるたびに少しずつ信奉者を増やしていきます。ヒットラーが1920年代に頭角を現してきたときに言っていたことと基本は変わらないことを言っているのですが、それがそのまま2014年のドイツでも支持を受けてしまうというところがミソです。1930年代にナチスが選挙で第1党になり、その後独裁政権を作り上げたわけですが、映画を見ていると、現代でも同じことが十分起きるのではという気がしてきます。一番驚いたのは、こういう映画をドイツが作るということです。取り方によっては、ヒットラーの価値を認めているような映画なので、タブーではないのだろうかと思ったのですが……。ドイツだけでなく、トランプが大統領候補になるアメリカ、EUから抜けたイギリス、大国主義を露骨に出す中国、保守派が勢力を増す日本と、どこもナショナリズムが高まりつつある時代の危険性を警告するために作られた映画なのかもしれません。(2016.8.3)