日々雑記


師走

2019-12-1

休日にもかかわらず早朝から仕事し、息抜きに自転車で岸和田城へ散歩。

天守閣はもと岸和田市立郷土資料館、今はギャラリーや岸和田城ウエディングなどのイベント会場となっている。
郷土資料館所蔵の資料、作品はどこに保管されているのだろうかと思う。

よく資料を借りに行ったことも昔語り。
色々なことを思い出しながら、自宅に戻る。
もう、師走。

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初期美術院

2019-12-3~4

某所で調査。

等身を越える大きな立像。しかも複数で、損傷も甚大。
養生した後、慎重に移動しようやく調査。

幸いにも頭部が躰部から抜け、観察すると面部は新しい後補材による造形。
しばしば遭遇する状況。材からみれば明治時代ながら、表面観察からは平安時代後期と誰もが思う造形。

偏見との批判もあろうが、こうした造形を「初期美術院」と呼んでいる。彼等の造形は後補ながら実に巧く、制作当初の造形とまったく違和感がない。

せめて「補」字を刻んでくれればよかったのだが・・・。

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アイソトープ

2019-12-6

先日の調査で、承諾を得て内刳り部分のささくれ片(1㎝×2㎝)を採取した。

像の重さや年輪幅からみて針葉樹(ヒノキ系)ではなく広葉樹系の木材(ケヤキか?)を用いている。
ささくれ片でも分析すれば、樹種を求めることが出来る。分析ももちろん了承

最近は地元自治会や文化財保護団体などもFacebookなどSNSを利用。
初めての調査だったようで、さっそく関係者が調査の状況がアップされる。
ところが、SNSには「仏像片」「アイソトープ(分析)」と記されたので、朝から地元の教育委員会からどういうことだと疑義のメール。
細かな事情説明を記す。(確か調査後の説明で同席していたはず)

もとより「アイソトープ」は金銅仏の透過撮影に有効だが、それも1950年代のこと。
いまどき分析にも使わないし、もとより木造仏には何の効果もない・・・。
また確かにささくれ片も「仏像片」には違いないが、近所の公園の場所を「アジア」と言うようなものだろう。
朝からがっつり疲れる・・・。

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黄檗彫刻

2019-12-7

午前中、大阪市立美術館「仏像 中国・日本」展へ。

古代から清時代までの中国と日本の仏像を比べながら受容史を知る展示。

中国の石像を見ながら、なつかしの堺市博「観音菩薩立像」。
かつては、まじかにじっくり観察できたのだが、離れてみて初めて郷愁を感じる。 神福寺や長圓寺の十一面観音像、唐代の僧形坐像を見たのち明・清代明清彫刻やその模倣作(日本製)を見ながら、次第にメイン会場?の萬福寺・釈迦如来立像、泉涌寺・釈迦如来像、展示場中央に立つ萬福寺・韋駄天像(清代)をじっくり拝見。
舎利尊勝寺の観音菩薩坐像は背面に「元禄十五年」(1702)の造像銘。
作者は誰かと再び愚考。
松雲元慶でもないし、思い当たる仏師がいない・・・。黄檗様彫刻をよくした仏師に違いないが、誰だろうかと。

結局、マリア観音像だけは見ずに帰宅。

テンシバでは、ミニアイススケート場がオープン。

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中村芳中

2019-12-8

京都国立近代美術館「円山応挙から近代京都画壇へ」展へ2回目。
展示替となった作品を重点的に見学。あれこれと迷解説を加える。
前回は常設展を見たが今回は・・・、と思っていたところ、細見美術館へとのご希望。
さっそくカフェキューブで「ほうじ茶ラテ」。

身も心も温まったところで、「中村芳中」展。
「たらしこみ」を多用したゆるい絵画が学生に大いに受ける。「六歌仙図」遍照僧正を指さしながら「おにぎり!」と。これこれ!

芳中がゆるい絵ばかりでないのは、かつて岡山県立美術館で確認済。
マジメな作品も展示されていたが、どうやら関心はゆるいほうに。

解散し駅に向かいながら、見学ベースの授業もわるくないと思ったり。

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注記(その1)

2019-12-12

昼休みに3回生ゼミ分けガイダンスがあり、その後卒論ゼミ。

「どこまで注記をいれてよいのか、わからないのですが・・・」と質問。
例えば、こういう話である。
「織田信長は天文3年(1534)5月11日ないし12日に生まれ、天正10年(1582)6月2日未明に本能寺の変で自害した。」
さて、どこに注記が必要か。

「天正10年(1582)6月2日未明に本能寺の変で自害した。」のは事実なので注記はいらないが、「天文3年(1534)5月11日ないし12日に生まれ」たと記す場合は、「5月11日ないし12日」がルイス・フロイスの言説に基づき、天野信景『塩尻』では5月28日としているので、この箇所には注記が必要である(本文に関係なければ5月としてもいいし、天文3年に生まれたとしてもいい)と、アドバイス。

思い出すことがある・・・。

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注記(その2)

2019-12-13

赴任してしばらくした頃、同様の質問があって対応した後、研究者(の論文)でもこんなことがあるんですよと紹介。
論拠不足のまま勇み足となって珍説、奇説を生む部分がないでもない。周文が相国寺僧ではなく等持寺の僧であって相国寺には都管職がなかった、という風な事実とすれば一大事であるようなことと、すでに証明ずみのてあかのついた考え方がいとも無造作に一緒くたに提出された日には、読者は戸惑うばかりであろう。(中略)いわば実証的な美術史に立ちうち(原文ママ)するだけの方法意識が希薄であるからこういう結果になるのである。
(宮島新一『史学雑誌』1971年の歴史学界ー回顧と展望ー)
後に(学生に対して紹介したことに対して)厳しい批難を受けたが、決して間違っていない見解である。
誰であれ、こうした指摘は真摯に受け止め反省すべき事態であるにも拘わらず、その後の筆者の反証反論は見ずじまい・・・。

うそぶく研究者になりたくはない。
人は誠実に生きるべき。

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版経東漸、長谷西漸

2019-12-14~15日

某市の会議に出席。
アップアップな状態なのか、家を出る直前、ふと現実逃避を思い立つ。

家人に「ちょっと九博に行くかも」と。「九州に着いたら必ず連絡!」(家人ももう慣れっこ)と約束し、会議終了後、フェリーで北九州へ。ご来光をみる。

朝、新門司港。小倉から太宰府の九州国立博物館「版経東漸」展。
対馬の高麗版大般若経、元版五部大乗経、同大般若経、磧砂版大蔵経のほか経籤、経箱、仏像などをじっくり。磧砂版大蔵経は、武田和敬氏によって現在は大阪・杏雨書屋が所蔵。ほかに高野山・石田三成奉納木額も展示。

ゆっくりじっくり見て新幹線で帰宅。
プチ家出。

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松之坊左京

2019-12-17~18日

某所で仏像調査。12世紀後半の仏像を調査。

同行の研究者が、なにげなく岩座をひっくり返すと「南都東向南町住/大佛師松之坊左京」の墨書。ほかに弟子とみられる中川□之、高城藤助。元文5年(1740)銘。

中世椿井仏師は近世に椿井方と松坊方に分裂し、椿井方は大坂に移住し功成り名遂げ、東大寺大仏脇侍像の制作で凱旋するが、いっぽうの松坊方の動向はあまり知られない。

こんな所まで彼等が活動していたとびっくり。
12世紀の作品そっちのけで、18世紀の墨書をしげしげ。同行の研究者はあきれるばかり・・・。
猫にかつお節。

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出張講義

2019-12-20

午前中、経済学部の北原先生と共に羽衣学園高校へ出張講義。

2年生対象だから、まだまだ進路が固まっていない・・・。
大きく関心を引いていた生徒が印象に残る。

JRと南海の連絡通路やら駅前のホテルなど、羽衣駅周辺は大きく変貌。

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大坂図屏風

2019-12-22

昨日、大学で仕事していると問い合わせ。

大坂を描いた屏風。グラーツ「大坂図屏風」やら個人蔵「浪速名所図屏風」を扱ったことがあるゆえ、こういう問い合わせも来る・・・。
とりあえず写真を送ってもらって検討。

生き生きとした大坂の人々が大坂の街並みとともに描かれている。
見ていると、どうも『摂津名所図会』挿絵を借用、改変したようである。
まずは対照図を作成し、返信を考える。

企業内の某所で展示予定との由。

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畑治良右衛門

2019-12-23

今年の授業も終了。

ふと龍谷大学ミュージアムの展示をみると、新春より「仏像ひな型の世界」展の開催。畑治良右衛門が伝えた仏像雛型の紹介。

鶴岡・善寶寺五百羅漢像をはじめ山形でも畑治良右衛門の作例がいくつかあり、ちょっと気になっていた仏師。

大仏師系図では、康朝の弟子とある。また明治27年の京都美術彫刻業組合の副組長に選出されている(組長は田中宗祐)。
幕末から近代へと移っていく京都の彫刻界を体現した仏師である。

康朝はもとより、康乗や友学康道の雛型も。
ぜひとも見に行かねば。

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よく見ることの大切さ

2019-12-24

某所の登録有形文化財(建築)で会議。

案件処理の後、当該建物の耐震判断が報告。戦前の建物ながらほぼ概ねクリア。
近郊に同時期に建てられた学校がある。昭和40年代に増築。
戦前に建てられた校舎は(耐震判断に)問題はなく外観は建設当時の姿ながら、増築部分は外壁に大きく鉄骨製のバツ印。建築技術、後退してるし・・・。

その後、見学。当該建物の屋上部分。
以前、これを見た議員センセが、「建物の維持管理はどうなっている!」と口角泡を飛ばして質問したとか。
穴が空いているのは最上階の点検口、梯子を引っ掛ける部分もある。鉄骨が錆びて無くなっているように見えるのは格子状にくぼみをつけたデザイン。横にはちゃんと☆と月が表されている。もちろん耐震判断も問題はなし。

見るということがいかに大事かと実感。

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クリスマスながら

2019-12-25

神仏の世界は関係なく、某所で肖像彫刻を調査。
アップアップな状態になっていた頃に、某大学名誉教授から依頼。断るわけにもいかず、本日、調査に赴く。

見れば、部材は膠や鎹が弱くなって、ほぼ断片の状態ながら長い眉が垂れて温厚な表情。
某所の方とあれこれと組み合わせて復元してみると堂々たる造形に、一様に驚く。
お引き受けしてよかったと思う。後は報告。

「こういう形で・・・」と先方より某寺院の彫刻調査報告が差し出される・・・。
見れば、20数年前にこちらが提出した調査報告書。
赤面しきり。

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調査のツボ

2019-12-26~27

他の研究者とともに某寺で群像調査。彩色や構造調査を実施。
表面観察だけではわからないことが色々と判明(X線調査を試みるも準備不足で叶わず)。

こちらも負けじと表面調査に集中。
よく見ると、群像のひとつは上半身の衣が石膏状のもので塑形されている。
肉身や裳の部分は木造。これまでどの解説を見ても「木造」としか記されていなかったが、ちょっと発見。急ぎ、他にも類例はないかと確認。
ひさびさに調査のツボにはまる。

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東奔西走の1年

2019-12-30

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1月 鎌倉
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2月 富士
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3月 淡路
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4月 山形・河北
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5月 山形・高畠
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6月 奈良・明日香
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7月 太宰府
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8月 鶴岡
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9月 京都
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10月 奈良
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11月 沖縄・本部
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12月 九州国立博物館


今年もありがとうございました。
明年も皆様にとって良き1年でありますように。

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